英雄は愛のしらべをご所望である
変わらない
「セ、セシリアさん?」
「っ!」


唖然とした様子のシルバの声でセシリアは我に返った。恐る恐る自分の手の先へと視線を上げたセシリアは、若干呆れを含んだ黒い瞳と目が合い、顔をさらに赤らめる。


「手」
「うわ、あ、ごめん」


手のひらに感じる吐息と空気の振動に、セシリアは慌てて手を離した。手を下ろしたはいいが、何だかその手のやり場に困って、そわそわしてしまう。
俯き、手を前後ろと動かしているセシリアの姿をウィルは黙って見つめていた。

二人の間に流れる気まずい空気。片方はフォローをする気がなく、片方は自分のことで手一杯といった感じである。
二人に自覚があるかはわからないが、ウィルは今、国中が注目する人物で、そんな男が街中で、はたから見ればいちゃついているようにしか見えない行動をとれば、否が応でも目立つ。

人に注目されるということは、評価されるチャンスがあると言えるが、人の恨みや嫉妬などの標的にもされやすいということ。それは、注目を集める人物と仲が良い人にも当てはまることである。


「ウィル、そろそろ」
「あぁ、そうだな」


シルバの声かけにウィルは淡々と返事を返す。その声にハッとセシリアは顔を上げた。
もうすでにウィルの視線は周りへと向けられている。セシリアは思わずウィルの着ている騎士服の袖を握りしめた。

ぐいっと袖にかかった重みに気づき、ウィルがセシリアへと視線を向ける。

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