英雄は愛のしらべをご所望である
だが、共に旅をして一年経った今、初めてラルドはセシリアの抱えている小さなしこりを発見した。あんなにも前向きなセシリアを落ち込ませた人物ーー黒き英雄の再来。

あの二人に何があったのか、ラルドは知らない。けれど、ラルドはウィルから自分と同じ匂いを感じていた。


「セシリアはこれからいろんな人に出会うだろう。その中には予想もしないものを抱えている者もいる。だから、ちゃんとその人自身を見るんだ。別に切り捨てろと言うわけじゃない。見極め、受け入れられそうなものなら受け入れてやればいい」


セシリアは純粋で前向きだが、夢見がちなところがある。
悪を目の前にしなければ気づかない。人を疑うことを知らない。ラルドはそう思えてならず、それがとても心配でもあった。


「……今日の仕事はどうして受けたのですか?」


普段よりも元気がないセシリアの声に、ラルドは若干眉尻を下げる。


「お給金がよかったから」
「……そうだったんですね」
「軽蔑した?」


ラルドの言葉を耳にした瞬間、セシリアは勢いよく顔を上げた。そして、懸命に首を横に振る。


「違っ! 私、師匠の唄好きです。心に染み込むあの演奏が大好きなんです。た、たしかに少し衝撃だったけど、その事実は変わりません!」


ラルドはやっぱり素直で真っ直ぐだな、と思う。そして、知ってもなお好きだと言ってくれたことが、少なからず嬉しかった。


「ありがとう、セシリア。僕もね、今はとても楽しいよ。唄は僕の人生そのものだからね」
「はい!」


先ほどまでの陰りのある表情とは打って変わり、セシリアは満面の笑みを浮かべる。ラルドはただこの笑みがずっと続くことを心から願った。


「ーーと、ところで師匠? そのお給金はいかほど?」
「え……そこ気になるの?」
「あ、いや! ちょーっと新作のクレープが食べたいとか、そういう、あの、違くて」
「君って子は……」


いろんな意味で心配が尽きないラルドであった。
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