英雄は愛のしらべをご所望である
「でも、初恋は実らないって言うしね……あ、いらっしゃいませ!」


セシリアは溢れそうになる溜め息を呑み込み、満面の笑みを作り出す。
セシリアの今の仕事は、ハープの師匠であるラルドに教えを請いながら、住み込みでこのお店『エデン』のウェイターと師匠のステージのお手伝い及び、世話全般をすることである。初恋の少年を思い出している余裕などないのだ。

人気店でもあるエデンは、来店する客が後を絶たない。ラルドの公演がある時間帯の前は特にである。
ラルドのハープと歌を気に入り、住む部屋や食事を提供してくれるだけでなく、まだ人前で演奏することを許されていないセシリアまで、住み込むことを許してくれた店主夫婦に恩返しするためにも、気を抜いてなどいられない。

気合いを入れ直したセシリアの視界の端で、入り口のドアが開かれる。店には小さなステージがあるため呼び鈴などがない。そのため、セシリアは客を待たせないようにと、小走りで入り口へと近づいた。


「いらっしゃいませ」
「二人なんだけど、席はあいてるかな?」


物腰の柔らかな男性客がセシリアに笑いかける。
エデンは貴族に提供する食事程、料金は高くないが、大衆食堂のように「夕食はどこにする? あそこでいいか」という気楽さで入れる程の料金ではない。

だから、色々な客がいて、王都に来てから接客をするようになったセシリアにとっては、この客のように笑顔を向けてくれるだけでホッとしたりする。
セシリアは自然と頬を緩めた。


「お二人様ですね。ご案内いたーー」


セシリアは遅れて入ってきた連れの客を見た瞬間、言葉を詰まらせた。
記憶よりも高い身長に長くなった手足。纏う空気もどこかピリピリしていて、知らない人ならば近づくのを躊躇してしまいそうである。

彼が村を出て行ったのは八年前。大人の男に変わってしまっていてもおかしくない。けれど、わかる。


「……ウィ、ル?」


なぜなら彼は、初恋の男の子だから。
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