英雄は愛のしらべをご所望である
歳月
「ウィル、だよね?」


それは疑問ではなく、確認の問いであった。
漠然と店内へ向けられていた黒い瞳が、セシリアの姿を捉えた瞬間、驚いたように僅かに見開く。


「……セシリア、か?」


体に響く甘い声に、セシリアの胸がトクンと跳ねた。

久しぶりに会えた嬉しさ、自分に気づいてくれたことへの喜び、思い出される寂しかった日々の思い。

今の自分の心を占める気持ちがどれなのか、セシリアにはわからない。けれど、胸がいっぱいすぎて、言葉が上手く紡げず、セシリアは必死に頷き返した。

そんなセシリアの様子を眺めていたウィルに、先程以上の驚きは見えない。八年もあいているのに、僅かに目を見開いただけである。

確かにあまり感情を表に出さない人ではあったが、さすがに反応が薄すぎやしないか、とセシリアは不安になった。


「あ、あの……久しぶり、だね」
「そうだな」
「元気にしてた?」
「ああ」


昔は頷き返されるだけでも、何となくウィルの気持ちがわかったけれど、こんなにも会わない時間が長いと、彼の気持ちが全く見えない。

もしかして、話しかけたのは迷惑だったのかな、とセシリアの心は沈んでいく。

しかし、セシリアももう子供ではない。悲しいからといって相手を責めることはないし、仕事を放り出したりもしない。


「そ、それでは、お席にご案内致しますね」


これ以上は踏み込むべきじゃないかもしれない、とセシリアは今までの経験の集大成とも言える作り笑顔を顔に貼り付け、ウィルと同伴の男性を席へと誘導する。
その間、ウィルがじっとセシリアを見つめていたことに、セシリアは気がつかなかった。
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