英雄は愛のしらべをご所望である
二人を案内した席は、ステージから一番離れた場所だった。もうすぐラルドの演奏が始まることもあり、すでに中央に近い席は埋まっていたのである。


「少し離れてはおりますが、演奏はちゃんと聞こえますのでご安心ください」
「それは良かった。『英雄の唄』の素敵な演奏をする人がいると聞いてきたんだ」


声を弾ませながら、セシリアに優しい笑みを向けてくれたのは、ウィルと共に店を訪れたシルバ・カーラインと名乗る男性だ。
案内してる際、ウィルの知り合いのようだと判断したのか、自己紹介をしてくれた、とても気さくな人である。

苗字があるということは、貴族か金持ちの市民の出身かといったところだろうが、そんなことは鼻にもかけず 、セシリアにも紳士的な態度を向けてくれる。
雰囲気だけでなく、顔立ちも甘く優しげで、焦げ茶色の髪と瞳は、暗がりだと黒くも見える。

この国で黒い髪と瞳は珍しい。大体の国民の髪は色素が薄い傾向にあるのだ。
海を渡った遠くには、ほとんどの国民が黒髪、黒目という国もあるという話を聞いたことがあるが、黒き英雄が一躍有名になったのも、珍しい色合の持ち主だったからだろう。

そんなわけで、二人が並ぶと、とても目立つ。もちろん、髪色などのせいだけじゃない。

ウィルが男の色気が漏れ出るような精悍な顔立ちに対し、シルバは皆の警戒心を解いてしまうような甘い顔立ちで、どちらも種類の異なる美男子なのだ。

他の客と変わらず、ただ席に座って話しているだけなのに、他のテーブルに座る客からの熱い眼差しが至る所から飛んでくる。
その眼差しを向けてくる者たちが女性だけではないのが、少し不思議だけれど、二人は性別を問わず惹きつけてしまう何かを持っているのかもしれない。

若干、セシリアに向けられる鋭く尖った視線もあり、セシリアは二人のモテ具合に感心しつつも冷汗を流した。
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