英雄は愛のしらべをご所望である
一方、その頃の塀の外側はというと……

男がウィルに後ろ手をとられ、塀に押し付けられた状態だった。

男の背はウィルより少し低いくらい。体格もパッと見ただけではわかりづらいが、かなり鍛えられている。もしかしたら日々厳しい鍛練を行っている騎士のウィルと同等の筋肉量かもしれない。
そう考えると、ここまで大騒ぎにならずに済んでいるのは、男に反撃する意識がないからだろう。

ウィルは押さえる手を緩めることなく、男にだけ聞こえるほどの小さな声で囁きかけた。


「本当の目的を吐け」
「唄を聞くためだと言ったはずだ」


男から焦りや萎縮などは感じられず、ウィルは目をすーっと細める。


「最近、王都で誘拐事件が多発している」
「俺がその犯人だと? ならば他を当たれ」


命令することに慣れた口調。あまりにも男が堂々としているので違和感を覚えたウィルは、男が被る帽子に手をかけ引っ張った。
ウィルの視界が赤みがかった金色に染まる。風に靡き、サラサラと揺れる髪。その隙間から見えた横顔にウィルは息をのんだ。


「貴方様は……」


ウィルの発した言葉に男はピクリと眉を揺らす。塀を静かに眺めていた金色の瞳がウィルへと向かった。


「ウィルって君のことだったのか。これは失敗だな。城下で俺のことを知ってるやつに会うことはないと思ってたのに」


残念だ、と溜め息を溢す男にウィルはあり得ないものを見るような視線を送る。しかし、ウィルの動揺は一瞬で、男の拘束はすぐさま解かれることになった。
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