英雄は愛のしらべをご所望である
残されたリースはというと、二人の背が建物に隠れた瞬間、浮かべていた笑みを引っ込め、誰もいないようにしか見えない方へと声をかけた。


「今日は見つかるのが早いなぁ」


その言葉を聞くや木陰から二人の男が現れる。腰に剣を下げた彼らが身に纏っているのは、金の刺繍がよく映える黒地の騎士服。
闇に染まるその黒は、主を陰ながら支え、守るという彼らの役割を表していた。


「こんな視界の開けたところにいらっしゃれば、すぐに見つけられます」


そう言って男達はリースの元まで来ると、当然のように頭を垂れた。


「それもそうだ。まぁ、見つかった男が悪かったんだ。ここを選んだのもその男だしな」


リースは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。男達もリースの意見に同意するように小さく頷く。


「確かあの者は『黒き英雄の再来』と言われていた男でしたね。物好きな噂と思っておりましたが、影に紛れるのが本職の我々の気配にも気づいておりましたし、実力は嘘ではないのかもしれません」


だろうな、とリースも心の中で思う。
洞察力や判断力もなかなかのものだった。そうでなければ、一度、それもかなり距離がある中でしか会ったことのないリースに気づくはずもない。


「それよりも、早くお戻りくださいませ。さすがに気づかれてしまいます」


急かす男達の言葉にリースは盛大な溜め息を吐いた。


「協力するならしっかりやってくれ」
「そうは言いますが、相談もなく勝手に抜け出される身にもなってください。そもそも、我々に聞いてくださればーー」


肩を落とす男達にリースは氷のように冷たい目を向けた。


「俺は自分で見たものしか信じるつもりはない、そう何度も言ったはずだが」


陽気な普段の姿からは想像もできないその眼差しに男達は息を止める。
逆らうことなど許されない。そんな感情に支配されるのは、彼が生まれながらにして人の上に立つ人間だからか。

男達は自然と膝をつき、深く頭を下げた。


「し、失礼いたしました、クリストフ殿下」


強風が川縁を吹き抜ける。靡く髪に隠れリースの表情をうかがい知ることはかなわなかった。
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