英雄は愛のしらべをご所望である
子供と大人


ウィルに送られた日から数日が経った。
あれからリースが訪ねてくることもないし、ウィルが店に来るわけでもない。端から見れば変わらない毎日だ。

しかし、セシリアの中ではほんの少しだけ変化があった。


「師匠、食べてばかりいないで、早く歩いてください」
「わかってる、わかってる」


キツめの口調で注意しても、返ってくるのは気の抜けた返事ばかり。
片手にはお気に入りのママレードを持ち、辺りを観察しながらゆっくり一歩後ろを歩くラルドに、セシリアは振り向きざま冷たい眼差しを向ける。

太陽が空の真上で輝いている時間帯にラルドが外を歩けばこのようなことになるというのは、ある程度予想できたことなのだが、現在、セシリア達は大変お世話になっているエデンの店主に店で必要な物を買ってくるよう頼まれ、ここにいるのだ。
菓子屋への寄り道のせいで予定よりも時間が押しているので、もう少しキビキビと歩いてもらいたい。


「この調子だと間に合いませんよ。師匠の要望で菓子屋に寄ったんですから」
「そう言うセシリアだって、買ってるじゃないか」


セシリアは自分の手元を見て口をつぐむ。
手には蜂蜜ドーナツ。以前に試食としてもらってからセシリアの中で小さなブームとなっている。一口サイズに丸められた商品を目にし、欲しくなって買ってしまった……確かにラルドに口出しできないかもしれない。

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