英雄は愛のしらべをご所望である

「それじゃあ」
「あぁ」
「またお店にも遊びに来て」


セシリアは片手を上げ、恥ずかしげに小さく振る。ウィルは振り返すわけでもなく、ただ突っ立ったままだ。
けれど、月夜に紛れることのない黒い瞳はセシリアから離れようとしなかった。

その時、強い風が二人の間を駆け抜ける。
長いプラチナブロンドの髪が美しく空に広がり、セシリアの視界を遮った。


「またリースが来てもついていくな。もしどうしても会わなきゃいけない時は、俺を呼べ」
「え?」


セシリアは思わず聞き返す。決して聞こえなかったわけじゃない。


「それと、最近、女性の行方不明事件が多発してる。絶対一人で出歩くなよ」
「あの、ちょっ!」


髪のせいでなかなかウィルの姿をとらえることができなかったセシリアは、懸命に髪を押さえる。けれど、ハープをもっているため、片手ではなかなかうまく押さえられない。


「言いたいのはそれだけだ。じゃあな」
「ウィル!? ちょっと待って!」


風が落ち着き、髪の邪魔がなくなった時には、ウィルの姿は人混みに消え見えなくなっていた。
セシリアは唖然とした表情で立ち尽くす。しかし、すぐさまある考えにたどり着き、顔を真っ赤に染め上げた。


「……もしかして、それを言うために?」


それは勝手な想像だ。だけど、ウィルが騎士服ではなく私服だったということは、巡回でたまたまエデンの近くに来たわけではなく、仕事が終わってから、わざわざ忠告しに来てくれたということではないか。

いや、都合のよい妄想で、たまたまリースの姿を見つけて駆け寄ってきただけなのかもしれない。
でも、ウィルは今、『俺を呼べ』と言った。心配してくれた。これは妄想でも幻聴でもない。


「どうしよう……嬉しい」


セシリアは込み上げてくる感情が押さえきれず、その場で蹲り、小さな悲鳴をあげたのだった。
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