不機嫌なジェミニ
「トウコ」と耳に触れる柔らかな唇の感触で、ゆっくり目を開けると、
目の前にジンさんの端正な顔があった。

私はソファーの上で横になりすっかり眠っていたみたいだ。

「お、おかえりなさい」と言うと、ジンさんは
「うん。ただいま」と言って、私の髪を梳いて瞳を見つめたままゆっくり顔を近づけてくる。

キスされる。とおもわず、目を閉じると、柔らかい唇が私の唇をそっと包み込む。
ジンさんは私の頭をそっと抱いて、何度もくちびるを付けるだけのくちづけをした後、
ゆっくりと、私の唇を開かせ、舌を口の中に忍び込ませる。
私は緊張して、身動きできないけれど、もう、ジンさんから逃げ出すつもりはなくて、
ジンさんの舌が私の口の中をさぐり、確かめ、舌を絡ませるように私の舌を捕らえるままにして、
熱いため息をつき、私の唇から、
「んん」とかイヤラシイ声が出る事に心底驚いていた。

ジンさんはゆっくり音を立てて唇を離し、

「今日はおとなしいんだな。覚悟して来た?」と真面目な顔で私の瞳を覗く。

私はソファーに座り、

「ジンさんからお話を聞きたいって…思っています。」と見つめると、

「うん。何が聞きたい?」とジンさんは隣に座って私の顔を真面目な顔で見つめる。

「今日、会社にきた、木村さんを今でも…愛していますか?」

「…いいや。
もう、終わった事だ。
蘭子から少し聞いたんだよね。
彼女とはひどい別れ方をしたから…
…7年前、俺の心はその時、
たぶん…1度死んだんだ。
別れてから、美しいものを見ても、何も感じられない日が続いたな。
ヤケになって自分も人も傷つけた。
レンにに差し伸べられた手も掴むことは出来なかくてひとりきりでヨーロッパの中を転々と住んだ。
3年前にスイスで『マッキンレー』のマスターに偶然出会った。
彼はその時登山家でね。
ちょっとそこまで。って感じで、山に誘われて、気紛れに出掛けたんだけど、
結構険しい山で、息を切らして無我夢中で、足を動かして、朝方頂上に立った時、
目の前に雲海が広がっていた。
美しいって涙が溢れたよ。
それからは森の中で、木漏れ日の中や、細かい雨が木々を濡らす様子や、降りしきる雪を見て、デザインをするようになった。
だからね、マスターは恩人なんだ。
また、俺をジュエリーデザイナーにもどしてくれたって感謝してる。
今ではどこにいても、昔と同じようにデザインが出来るようになったかな。
トウコと出会って身近なジュエリーもいいって又、思えるようになった。
トウコに付けたいジュエリーを作れるようになった。
こんな返事でいいかな。」

< 69 / 159 >

この作品をシェア

pagetop