不器用な僕たちの恋愛事情
6.5《番外編》 みんなに初恋を聞いてみた

1. 幼馴染三人衆と美空の場合



1. 幼馴染三人衆と美空の場合


「今日さぁ、調理実習の時に初恋の話になったんだけど」

バーガーショップでポテトを摘みながら、ふと思い出したかのように美空が言った。

「そう言えば、美空ちゃんの班、盛り上がってたよね」
「どんな子だったか覚えてる?」
「はいっはいっ。苑子は天駆兄ちゃん」
「いつも纏わり付いてたよな苑子」

コーラのラージを飲みながら太一が苦笑交じりに言う。

「うんうん。天駆も苑子には強く言えないから、だいぶ耐えてたよね」

クツクツと思い出し笑いをする十玖。

五歳下のチビッコ三人相手に翻弄された兄は、今思えば気の毒だ。

「じゃあさ、太一くんは?」
「それ聞いちゃう?」
「聞いちゃう」
「俺の黒歴史なんだけど」

黒?と小首をかしげる美空。

「その話は、止めにしない?」
「何で十玖が嫌がるの? 太一くんと初恋の子が被ってるとか?」

眉をしかめて本気で言ってる美空に、苑子が吹き出した。

「太一。美空ちゃんには教えてあげたら? 天駆兄ちゃんに面白おかしく語られる前に」
「あ~。あの人はやるなあ」

脚色しまくって話す様が目に見えるようだ。

バリバリと頭を掻きながら太一は嘆息する。

チラリと十玖を見ると、十玖も苦虫噛み潰した顔で太一を見、二人でため息をついた。

「なに。やっぱり十玖も関係有り?」

太一の初恋に十玖も絡んでるとなると、これは聞かないわけにいかない。

隣に座る十玖の顔を斜め下から覗き見る。

引きつった笑い。

「え~~と。俺の初恋に関して言えば、おかっぱでクリクリ目の可愛い子、なんだけど……残念な事に」

言いたくない感をたっぷり醸し出しながら、十玖と美空を交互に見やり、やっぱり言いたくないと言わんばかりの浮かない顔。

「中身がコレだった」

太一は十玖を指さし、十玖は顔を覆い隠して唸ってる。

「はい?」

ぎこちない笑顔を貼り付けた美空が、太一を見据える。

「おかっぱ、クリクリ目の可愛い子、って言ったよね? え? 十玖…?」
「そっ。十玖。ショックの記憶が強すぎて、ノーカンにも出来ない。返せよ俺の初恋~ぃ」
「太一しばらくとーくの顔見るたび泣いてたよねぇ」
「勝手に泣けてくるんだもんよ」
「ほんっとごめんなさい。ほんっと男で済みませんでした」

深々と頭を下げる十玖を見やり、ニヤニヤ笑いながら苑子が言を継ぐ。

「あたしも最初はとーくのこと女の子と思っていたし、お人形さんみたいだったよねぇ」
「そんなに可愛かったの?」

苑子は身を乗り出して、十玖の胸ぐらを引っ張りつつ、美空を食い入るように見た。

十玖はテーブルに手をついて踏ん張っている。

「激ヤバよ。こばと幼稚園始まって以来の珍事。コレが男子園児を集団失恋させた逸話は、もはや伝説だわよ」
「同じ穴の狢どもは、当時を振り返るとさめざめと泣くってゆーね」

太一はどこか虚ろな目で遠くを見てる。

男の子たちを集団失恋させた十玖に対して、美空は我を振り返る。

晴日や竜助と一緒に男の子たちと泥だらけになって、遊んでいた。

女の子らしさの微塵もなく、未だに残ってる傷痕は数知れず。

ずーぅんと落ち込む。知らず乾いた笑いが漏れた。

「それからだよね。とーくが男の子っぽくなったのって。“幼気な子供心を弄ぶような格好はさせないで欲しいとかって何!? こんなに可愛いのに意味分かんない”だかそんな事を言って、本気で園長に怒ってさぁ。なら通わせなくてもいいっておばさんが逆ギレして、とーくが半ベソかいて消えたんだよね」

「そうそ。職員室からハサミ持ち出して、教室で自分の髪の毛切って、絶対に通うって抗議してさ。ありゃあ絶対忘れられない光景だよ」

ざんばら髪になった十玖を見て、大人たちは悲鳴を上げた。

泣き出す園児が続出して、幼稚園はとんでもない騒ぎになった。

「年少さんのやる事にしてはキモ座り過ぎだよね」
「いまの十玖の片鱗を見たって感じだったよな」

当時を振り返って、二人は感慨深く頷いた。

母親の着せ替え人形だった十玖は、この日を境に自我に目覚めた。

ただし、自我に目覚めたからと言って、相手にその意志が通用すとは限らない。

美空は十玖の袖を軽く引っ張った。

「ちょっと確認だけど、話の流れからすると、十玖って女の子のカッコしてたって事?」
「そんな確認しなくてよくない?」
「だって気になる」

美空の目がキラキラして、十玖は言葉に詰まった。

そっぽを向いてアイスコーヒーを啜り、美空は「ねえねえ」と背中にしがみついてくる。

十玖が答えるわけないので、太一が代わりに説明を始めた。

「天駆兄に聞いた話なんだけど、おばさん十玖が生まれるまで女の子だって信じきってたんだって。ところが生まれたら男で、かなりショックだったらしくて、生後半年の息子のアレ“ちょん切っちゃおうかしら”って呟いたのをおじさんが聞き止めて、阻止するために女の子の格好をさせたんだってさ」

「さすがに乳児のちょん切ったらヤバイよねぇ」

ケラケラ笑う苑子。

「いや。乳児じゃなくてもヤバイから」
「お前、怖いから」

十玖と太一のツッコミ。

苑子の発言はよく二人をゾッとさせる。

「おばさんさぁ、成人式でとーくに振袖着せるつもりだったらしいけど、さすがに美空ちゃんに悪いからって、写真だけにしようかなって言ってたよ」

「げっ。何考えてんのあの人。大金かけてやる事?」
「今更でしょ。今年のハロウィンは逃げおおせたけど、おばさんの関心を他に逸らさない限り、付いて回るわよ。女装」

堂に入ってたでしょ? と美空に同意を求める。

美空はマジマジと十玖を見つめ、こくりと頷いた。

十玖は心の底から泣きたい気分だ。

「天駆と有理、早く結婚して孫娘充てがってくれないかなぁ」

切実すぎる願望。

それを打ち砕く苑子の一言。

「とーくんトコ男系一族じゃん」
「!!」

いま気付いたかの様に愕然と苑子を見、がっくりと打ち拉がれる十玖の背中をポンポンする美空。

十玖は不意に顔を上げ、

「有理んとこは女系だって言ってたし」
「どっちの遺伝子が勝つのかね?」
「こればかりは有理に勝って欲しい」
「まあ神のみぞ知るだね」

苑子はふふんと鼻で笑った。

どちらにしても、二人が結婚するのは早くても二年後だ。天駆が学生のうちは、あの母が許すはずないし、新卒も同様だ。

「あんたの女装はおばさんも有理ちゃんも大好きだし、理解ある彼女もいることだし、安心して女装しなさい」
「その言い回し、僕が好きで女装してるみたいじゃんか」
「違うの? 何だかんだ毎年恒例になってるから、その気満々だと思ってたわ」
「ヤダって言ったら女性軍総出で取り押さえに来るじゃないか。父さんも兄弟も太一まで傍観して頼りにならないし」

文句を言いたげな十玖の視線を受けて、太一は申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

「被害は最小限にしないとね」
「裏切り者……美空は、僕の味方だよね?」
「えっ………うぅ…うん……?」
「その間は何?」
「…十玖、キレイだったし。今度のライヴ」
「絶対ヤダ」
「ちょっと今食い気味に言った!? 最後まで言ってないのにぃ」

十玖は美空側の耳を塞いでコーヒーを啜り、知らんぷりを決め込む。

「ねえねえねえ。十玖ぅ」

ニットのベストが伸びる勢いで美空がオネダリをするが、十玖は背中を向けて断固拒否の構えだ。

「ねえ十玖~ぅ。一度だけでいいから」
「A・D(うち)、V系じゃないから」
「A・Dの面子ならV系もイケるんじゃない?」
「面子の問題じゃないから」

手を振って拒否る十玖に尚も食いつく。

「お願い」

手を合わせ可愛く小首を傾げる美空。

一瞬グラッとしたが、我に返って「危ない」と口中で呟き、

「甘えてもダメ」
「何よケチ。ならお兄ちゃんに頼むもん」

ぷうっと膨れる。

「何それ。反則でしょ~ぉ」

情けなく肩を落とす。

美空の頼みなら聞いてあげたいが、男の威信の問題。

「ほんとヤなんだけど」

本気で拗ねてしまった十玖。

場がすっかり静まり返ってしまった。

美空がちょっかい掛けても無反応で、太一と苑子に目配せするが、二人も苦笑いするばかり。

黙々とトレーの上の物を胃袋に片付けて、ひと呼吸すると美空はリトライする。

「ねえ十玖。ゴメン。もう言わないから機嫌直して」
「……ホントに?」
「もう言わない。…ねえ。十玖の初恋は?」

そもそもこの話から始まったのだ。

「美空」
「え…?」
「美空だけど」

にっこりと満面の笑み。

美空は太一たちの顔を見ると、二人共大きく頷いてる。

「…あ、えっとぉ……どうも、ありがとうございます」
「いえいえ。どう致しまして?」

照れると言って俯いてしまった美空をニコニコと幸せそうな十玖が見つめる。

太一たちはケッという顔で二人を見ながら、

「バカップルめ」
「リア充爆発しろ。苑子がまだフリーなのに、とーく如きが許せないっ」
「絶対十玖が最後だと思ってたのに、やられたよなぁ」
「太一パパ、優良物件紹介してくれないかな?」
「人の親を頼るな。うちには嫁入り前の姉ちゃんズが二人も待機してんのに」
「えー。だって太一ん家の方が人脈広いじゃん。坊っちゃまだし」
「親が不在がちだから家政婦がいるだけでしょ。美城(みき)姉ちゃんに任せたら帰る家がなくなるって」
「確かに。美都(みと)ちゃんも美城ちゃんも楽器扱わせたらメチャ凄いのに」
「台所に立ったら破壊工作員だからな。そもそも母親がそのボスだし」

長女美都は現在ウィーンに音楽留学中で、次女美城は音楽科のある高校に通ってる。

その両親たちは、やっぱり音楽家で一年の大半は外国に行ってる為、音大時代から友人関係だった苑子の母親がよく面倒を見ていた。

だから太一と苑子は姉弟に近い。

そして十玖も十把一絡げで兄弟みたいに育ってきた。

苑子は頬杖ついて、目の前の二人にイラッとする。

「いちゃこらしてるとこ悪いんだけど、美空ちゃんの初恋は?」

ニヤニヤしながら苑子が聞く。太一はなんとも言えない笑いを浮かべてた。

苑子のちょっとした意地悪だったのだが、

「美空の初恋って、晴さんだよね」

まさかの十玖の切り返し。

「えっ!? 何でそれを」
「晴さんが自慢してた。ちょっと、だいぶイラっとした」
「お兄ちゃんてば」

美空が複雑そうな顔をすると、クスクス笑う十玖。

十玖が知っていたのでは意地悪にもならない。

苑子は舌を鳴らすと、太一からコーラを奪って飲み干した。

太一は膨れている苑子の頭をポンポンして、新しい飲み物を買いに立ち上がった。

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