不器用な僕たちの恋愛事情

4.十玖の場合


4.十玖の場合


中学二年の晩秋。

オレンジの空が辺りを染める放課後、初めて美空の存在を意識した。

日本人離れしているせいか、同年代の子よりも少し大人びて見える彼女は、人気のある子で、自分とは別次元の人だと思う意外、これと言った感情を持った事がなかった。

声が、気持ちよかった。

初めて近場で聞いた彼女の声は、耳障りがとても良くて、ずっと聞いていたいと思うくらいに。

最初、その声に惚れたのかも知れない。

中庭でウトウトしていたら、別れ話が始まって、出て行くにも行けない状態になり、そんな時に屋上から苑子に呼ばれ、自分の間の悪さを呪った。

観念して立ち上がり、美空の涙を見た。

一瞬驚いたようだったが、すぐに睨まれた。

睨まれたのに、十玖は目が離せなくなっていた。

静かに泣いていた美空の止めどなく溢れるオレンジの雫。

綺麗だった。

大きく跳ね上がった心音。

遠くで苑子が呼ぶ声がする。

十玖は半分押し付ける形でタオルを手渡し、逃げるように走り出していた。

その日、帰宅してからも美空が脳裏から離れず、ぼうっとし過ぎて何度も母の平手を後頭部に食らった。

敢えて気にするまでもないと思っていた相手が、やたら視界に飛び込んでくるようになったのは、何故だろう。

こんな事は初めてだった。

気付けば彼女を探してる。見かけると心が踊りだすように嬉しかった。

いつも彼女は満面の笑顔をたたえ、友人たちに愛されている。

ある日、美空と目が合った。

彼女は先日の事を思い出したようで、ぎっと睨みつけてきた。

美空の豹変ぶりにも驚いたが、そこまで警戒されている事実を突きつけられ、ショックな自分に驚いた。

それから事ある毎に睨まれるようになった。なのに美空を目で追ってしまう。

切なさが増すばかりで、美空を見るのは止めようと思うのに、目が彼女を追ってしまう。

この感情が何なのか、未知の事で途方に暮れる日々が続いた。

三年になる春休み、少林寺の作務で近隣の清掃活動に参加した十玖は、兄天駆の婚約者であり、少林寺仲間でもある有理と行動していた。

と言うか、有理が十玖に構いたくて、くっついて歩いてるのだが…。

スーパーの袋とゴミばさみを持った手で、有理が自分の腕を抱く。

「道衣寒い。裸足寒い」

道衣の下はTシャツ一枚。裸足にスニーカーは、冷え性の女性には拷問だ。

「だから上着着た方がいいよって言ったのに」
「ゴワゴワして邪魔だったんだもの」
「毎回同じこと言って、懲りないよね?」

十玖は十二年間やってる事なのでもう慣れっこだが、八年目の有理は一向に慣れないらしい。

十玖はため息をついて、スーパーの袋とゴミばさみを下に置くと、帯も解かず上衣を引っ張り上げ、有理に渡す。

練習前なので、汗臭くはないはずだ。

この頃の十玖は、有理と身長がほぼ同じ位で、十玖の道衣を着ても全く違和感がなかった。

今のサイズだったらかなりぶかぶかで、それはそれでお尻まですっぽり隠れて暖かかった事だろうが。

「優しいねぇ十玖は」

腕を絡め、頭を撫でる有理を押しやりながら、十玖は突然微動だにしなくなった。

凍り付いた十玖の視線の先を追う。

美空がこちらを見ていた。

「十玖? 知ってる子?」

十玖であることに気付いた美空は、変わりなく安定の睨みを利かせ、ふいっと顔を背けて行ってしまう。

有理は「あらら」と十玖を見、美空を見送る。

泣き出しそうな十玖を見て、ぽんと背中を叩いた。

「彼女…とか? ケンカしてる?」
「そんなんじゃないから」

有理を引き離し、袋とゴミばさみを手にすたすた歩きだした。

「じゃあ、好きな子だ。さっきの誤解しちゃったかな?」

十玖は後ろを振り返った。

自分でも理解できなかった感情を、有理はいともあっさり看破し、赤面する十玖をニコニコ見守ってる。

「…好き……?」
「好きなんでしょ?」
「なのかな? よく分からない」
「もしかして激ニブ? 十玖、一目瞭然だったわよ?」
「でも彼女に嫌われてるから。天駆に余計な事言わないでよ」
「言わないけど、諦めちゃうの?」
「僕にどうしろって?」
「告れ」
「無理」

言い切って、サクサクとゴミを拾い集めながら、集合場所に向かう十玖の背中を有理はニコニコと見守る。

「同じ兄弟なのに、全然似てないよね。天駆は押せ押せだったよ?」
「天駆は自分に自信があるから」
「十玖は自信なさ過ぎ。頭だって悪くない、顔だっていい、スポーツ万能でどれもダメな男からしたら、“ふざけんなこの野郎”って言われたって仕方ないのに、何が自信ないの?」

「天駆みたいに上手く立ち回れなくて、人を不快にしてしまうから」
「だから尻込みしてるだけ? 変わろうと努力もせずに?」

斜に構えて有理が見据える。

「年少の頃の十玖の方が、変わろうとしただけカッコイイわね」

幼稚園に通いたくて、抗議するために自分の髪を切ったことを言っていた。

我を初めて通そうとした時の事を今でもはっきり覚えてる。

大人たちが大騒ぎし、友人たちが大泣きしたあの日、晴れ晴れした気持ちになった。

(でも今は…?)

あの時のように、強く変化を求める気持ちが湧いてこない。

自分を押さえ込むのに慣れ過ぎてしまったのだろうか?

黙り込んでしまった十玖に、些か哀れむような眼差しで微笑む。

「今は無理して変わろうとしなくてもいいから、どうしても欲しいもの手放せないものが出来た時に、後悔だけはしないでね」

「……ん」

俯いたまま小さく返事した十玖。

兄とは違って不器用な弟を愛おしく見つめ、有理は矢庭に走り出した。

「有理!?」

突然のことで慌てた十玖が背中に声を掛けた。有理は振り返りもせず、

「足冷たい。限界!」

先行くねぇと、そのままダッシュで行ってしまった。

十玖はやれやれとばかりに肩を竦め、ぼちぼちとゴミを拾いながら、集合場所に向かい始めた。


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