不器用な僕たちの恋愛事情

相変わらず、美空に睨まれる日々が続き、分かっていながら彼女を探してしまう不毛さにも慣れ、美空に振られた男子の話を聞きつけると、安堵のため息をついた。

それでもまだ、これが恋だなんて思わなかった。

中二の中庭の出来事による後ろめたさのせいで、あんな切ない泣き顔を見たくないからだと自身を納得させていた。

決して十玖に向けられたものではなかったが、天真爛漫で物怖じしない美空に、無自覚の愛おしさが募っていく。

いつも満面の笑顔の彼女が、カメラを手にしている時の真剣な眼差しが好きだった。

高校に入って同じクラスになった時、初めて天に感謝した。

睨まれるのに変わりはなかったが、時折、泣きそうな目で睨む事に気がついた。

同じ時間を共有することが増えてから、美空を見る度に背徳感に苛まされることになった。

たまに窓の外をぼんやり見ている彼女に、柔らかそうな栗色の髪に、手を差し伸ばしたくて仕方ない。

赤みがかったピンクの唇に、何度キスをする夢を見ただろう。何度彼女を抱く夢を見ただろう。

あまりに長い間、彼女を見続けてきたばかりに、欲求不満の捌け口を美空に求めているようで、申し訳なさが押し寄せる。

美空が親しげに男と歩いているのを見て、面白くないと感じたことが嫉妬だとすら自覚できず、その男が兄晴日であり、わかった時の安堵感はこれまでの比ではなかった。

こじらせ過ぎて、後ろめたさと恋の区別がつかなくなっていたのだ。

――――美空に惚れてんの? お前にはやんねぇよ。

思い切り牽制され、ようやく腑に落ちた。

ずっとどこかで美空が欲しいと願っていた事に、気付かされた。

やっぱり有理にはお見通しだったという事だ。

しかし事態はどう転がるか分からないものである。

牽制され、ケンカを売られ、お先真っ暗だと思っていたのに、晴日に気に入られ、押し切られ、今に至る。

隣に座って、雑誌を横から覗き込む美空の方に少し寄せてあげる。

さり気なく擦り寄ってくる美空が愛しくてたまらない。

さっき美空の部屋で、やたらめったら物を投げつけられた時、どこからともなく一枚の写真が出てきた。

あどけなさが残った面持ちの十玖。

中庭で寝転んでいるが、制服は夏服で、日付は三年になってからのものだ。

角度から言って、三階の廊下から望遠で撮られている。

しばらく視線を写真に落としていた十玖だったが、腕の中で庇われていた美空の眼前にやおら差し出した。

美空は悲鳴を上げて十玖から写真をふんだくり、胸に写真を隠し持つと、真っ赤な顔をして俯く。

二人の異変に、三人は投擲(とうてき)行為を中断して集まってきた。

「いつの間に?」

脇から覗き込む十玖。

美空は顔を背けるが、今度は反対側から仕掛ける。

「無視しまくってた頃のだよね? 日付」
「どした?」

晴日が訊ねながら、美空の怪しさを見抜いて、何かを隠し持っているだろう両手をぐいっと上に引っ張った。

晴日はヒラヒラと舞い落ちた写真を拾い上げ、脇から謙人と竜助が覗き込んだ。

「十玖じゃん。わっけ~ぇ」

と晴日。

「隠し撮りだよね?」

謙人はニヤニヤと美空を見てる。

「取り敢えず画鋲とか刺した痕はないな」

どう言う意味だ、と突っ込みたくなる竜助の感想。

四人に囲まれ、美空は観念して口を開いた。

「だって十玖、被写体としては最高だったんだもん」

苦手だったけど、と付け足して晴日から写真を奪う。

ずっと隠し持ってるつもりだったのに、こんな形で暴露されるとは。

兄たちを見て、部屋の惨状がいきなり目に飛び込んだ。

「ちょっと!! こんなに散らかして!! 誰の部屋だと思ってるの!?」

美空の八つ当たりキックを受けながら、四人は監視員の納得できるまで、片付けする羽目になり、やっと晴日の部屋に戻って来たのだった。

シンセサイザーのページを食い入るように見ている美空は、あーでもないこーでもないと独り言を言ってる。

美空の手を取り、指を絡めて繋ぎ直す。

誰も気付いてない。

美空はチラリと横目に十玖を見、嬉しそうに微笑んだ。

「さっきの写真は、単なる被写体としてだけ?」

こっそり聞いてみた。

「そうだよ」
「本当に?」

更に聞き返す十玖に困った顔をして、「よくわかんない」と白状した。

嬉しそうな笑顔に、美空の胸がキュンとする。

そして不意に思い出したことを美空は言葉にしてみた。

「三年になる春休みに、偶然会ったの覚えてる?」

心を読まれたのかと思った。

ついさっき懐かしく思い出していた事だ。

「覚えてるけど」
「苑子ちゃん以外の親しい女の人がいたんだね? 同じ道場の人?」
「アレ有理だけど」
「…えっ? 養護の鈴田先生?」

何?何?と三人も聞き耳を立ててくる。

「うん。今年で九年目だよ。有理の蹴り技は綺麗なんで、うちの道院じゃ“蹴りの女王”って言われてるんだよね」

あの日校長室で見てしまった素早い蹴りは、目の錯覚ではなかったらしい。

あの母に次ぎ、未来の姉も強いのか、そう思うと十玖が不憫になってくる。

二人に限らず、苑子も美空も萌も(因みに強さの順に並んでる)十玖を取り巻く女はアマゾネスのようだと思い至り、男三人は十玖に憐憫の眼差しを向けた。

本人は気にしてないようだが。

「天駆さんが十玖をキューピッドって言ってたのは、そーゆー事?」
「多分。元々はオープンキャンパスで有理に一目ぼれして、悉く振られたらしいんだけど、有理の大学のサークルとうちの練習試合があって、暇つぶしで応援に来た天駆が、大人に混じって参加した僕をダシに口説き落としたみたい」

「天駆さん、抜かりないなぁ」

心底感心している晴日。

「十玖をダシにするって、手口が怖いわ」

竜助は大袈裟に震えてみせる。

「そこはもお天駆ですから」

実弟のその開き直った一言で、みんな納得してしまうのだった。



後日、十玖は兄の初恋を聞いてみた。

しばらく無言で十玖に見入り、その意図を図りかねているようだった。

「なんで?」
「ん~。この間から美空がみんなに訊いて回ってるから、天駆はどうだったのかなって言う素朴な疑問…?」
「ふ~ん」

お前は? って聞くまでもないのが、つまらない。

天駆はにやりと笑う。

「有理のサインが入った婚姻届けをもぎ取って来れたら、教えてやるよ」
「それは教えたくないって事だね」
「そうは言ってない」
「無理に決まってんじゃん」

大体、弟にそんな大事なものを頼むか? と頭を抱えたくなる。

「十玖なら、或いはって事もあるだろ。有理のお気に入りだし」
「そんなに結婚したいなら、自分で何とかしてよ」

みんな美空にはペロッと話すのに、この違いは何だろう。

「も~いい。じゃね」

そそくさと諦めて、十玖は自分の部屋に戻り、天駆は舌打ちをした。


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