不器用な僕たちの恋愛事情
8. 新入生=春嵐もしくは大迷惑


 やっと、あなたのそばに いけるのですね
 このひを どんなに まちわびたことか
 まっていて いとしいひと


 新学期、美空は教室に入ってようやく安堵した。

 何故ならこの高校、成績順にクラスを編成するため、十玖と同じクラスになるためには、学年末考査の上位三十位に入ってなければらなかった。

 もちろん順位はすでに分かっていたが、実際同じクラスになるまで安心など出来やしなかったのだ。

 ただ同じクラスでも、後ろから数えた方が早いけれど。

 一つ飛ばした後ろを振り返り、太一に手を振る。

 今年は太一とも同じクラスになれた。

 ちなみに十玖は八位、苑子は十八位、美空は二十七位、太一は二十九位。

 美空と太一は辛うじて三十位以内に滑り込んだ。

 これもひとえに無事大学進学を果たした謙人と、チャラ男っぽくて、頭が良さそうには見えないが実は良い晴日と竜助のお陰だろう。

 泣きを入れた美空の為に、学年末考査前に渡来邸で一泊二日の集中合宿が行われた。

 当初は斉木家の予定だったのだが、そこに十玖たち幼馴染三人衆も加わったため、大所帯が可能な謙人の自宅に変更となった。

 謙人の母は女の子の来訪に大喜びだったから、良かったのだろうとは思うのだが。

 何はともあれ同じクラスになれて良かった。

「センセー。三嶋くんデカ過ぎて前が見えにくいんですけど」

 挙手して言ったのは、小柄な女子。

 去年も同じことを言われて、端っこに追いやられていた。

 美空は思い切り吹き出した。いや。美空だけでなく、同じクラスだったメンバー全てが。

 残念ながら、担任は昨年と違うので、笑いの意味が分かっていない。

「先生。後ろの端の席に変わっても良いですか?」

 十玖が窓際の席を指差すと、担任も大きく頷いた。

「ああ。そうだな。井上。三嶋と変わってくれないか?」
「了解でぇす」

 井上と呼ばれた女子が十玖と席を交代する。

 これでまんまと苑子以外は一塊になった。

 苑子に言わせれば「ずるい」席替えだ。

 かと言って、真反対の廊下側では、A・Dの十玖には危険極まりない場所だから仕方ない。

 苑子もそう遠く離れた席でもないし。

 美空はこっちを見ている苑子に手を振った。

 

 担任の話が終わり、クラス委員選出の段階になって、十玖は青褪めた。

 あまり率先してどうこう言う十玖ではないが、この時ばかりは大いに違った。

「先生! 苑子…橘に権力を与えるのは反対です!」
「何でだ? 多数決で可決されてるのに」
「僕が危ないからです」

 十玖は至極まじめに言ったのだが、担任にはピンと来ないらしい。しかしクラスメイトには確実にウケた。別にウケ狙いじゃないが。

 教壇に立つ苑子は、ふふんと鼻で笑う。

「民主主義に則って決まった事でしょ。諦めなさい」
「独裁者に言われたくない」
「独裁者? とんでもない。あたしはみんなの意見を尊重してるわよ? このクラスで、あんたに気兼ねも気後れもしないでお願い出来るのは、あたしと美空ちゃん、あと太一しかいないでしょ」

「苑子のはお願いじゃなくて命令でしょ」
「やかましい。こっちはあんたの弱み、十三年分握ってる事を忘れるんじゃないわよ?」

 十玖の十三年分の弱みと聞いて、女子の目が光る。

 A・Dのトークの弱みを是非とも知りたい方々の目に、十玖がたじろいだ。

「流出されたくないのなら、大人しく従いなさい」
「横暴だ。どう思いますか、先生!?」
「う~ん。決まったことだしねぇ。困るのは、三嶋くらいなもんでしょ? 副委員長は橘で決定でいいんじゃない?」

「そんなぁ」
「と言うことで、あんたの意見は却下」

 苑子はすっぱり切り伏せる。

 これでまた苑子に翻弄される一年になることが確定した。


  *


 入学式から三日目。

 萌と亜々宮(あーく)が新入生として入って来た。

 新入生代表の挨拶をしたのは、亜々宮だ。

 主席入学をし、挨拶を任された亜々宮は意気揚々としていたのだが、十玖の弟だと言うことが瞬く間に知れ渡り、どん底に落とされた気分だった。

 どこまでも自分の行く手を邪魔する。

 無論、十玖にその気など更々ない。一方的に亜々宮がライバル心を燃やしているに過ぎないのだが。

 学力も友人の多さも自分が上だ。彼女が出来たのだって十玖よりずっと早かった。

 なのに “十玖先輩の弟” というレッテルがいつも付き纏う。

 三兄弟の中で、十玖は毛色が違う。天駆と亜々宮が母親似なのに対して、十玖は顔も性格も父親にそっくりだ。だからなのか、小さい頃から何故だか母親の十玖の扱いが違っていて、不満に思っていた。

 最も、女装させようとする母を見るにつけ、十玖じゃなかったことに安堵するのだが。

 亜々宮も幼稚園に入る前まで、女の子の格好をさせられていたクチだが、十玖に対するような執着は母になかった気がする。

 実際、幼少の頃の十玖は女の子顔負けの可愛さだった。

 顔はともかく、勝ってるはずの自分が何故、十玖如きに敗北感を抱かねばならないのか。

 亜々宮のクラスは、オリエンテーリングの班別に別れ、当番を決めているところだった。

 ふと校庭を見ると、上級生たちは体力測定の真っ最中らしい。その中に見たくない顔を見付け、亜々宮は顔をしかめた。

 どうしてこうも目立つのか。

「ねえねえ。あれ。今から幅跳びするの十玖先輩じゃない?」

 ふいに隣に立った声の主をちらりと見、亜々宮は不機嫌を露わにする。

 意志のはっきりとした性格を表すかのようなキリッとした眉と、ややきつめの眦(まなじり)。豪快な笑い方がさも似合いそうな口元から覗く八重歯。動くたびにぶんぶん振り回すポニーテールまで元気の塊のような少女だ。

「相変わらずカッコいいよねぇ。あっ――――すっご。亜々宮今の見た? 何メーター飛んでるのかな?」
「知るか」
「何でいつもそうやって不機嫌になるの?」
「そっちこそ何でいつも十玖の事ばかり褒めんだよ。けったくそ悪い」
「なに。ヤキモチ?」
「そんなんじゃない」

 亜々宮はあからさまにむくれる。

「智子には分かんないよ」

 長年培われたこの不条理。

 十玖とは一生相いれない気がする。

「あんなお兄さんいたら、自慢しちゃうのに」
「欲しかったらやる」
「そしたらちょーブラコンの妹になって、亜々宮なんか見向きもしないんだからね」
「俺なんかってどおゆー意味だよ」
「知らな~い」

 智子はつーんとそっぽを向いて、女子のもとに行ってしまった。

 亜々宮は鼻でため息をついた。

 川口智子とは、彼女が小学5年の夏休み明けに転校して来てからの付き合いになる。

 サバサバしている智子とすぐに気が合って、男友達のような付き合いだった。女の子として意識したのは中学の制服姿を見た時。中二の夏休み前、彼女に告白して、付き合い始めた。

 正直、美人とか可愛いタイプの面立ちはしていない。むしろ少年顔だ。けれど、彼女といると何の気負いもなく、自然体でいられて楽だった。何より自分には可愛く見えるのだ。

 智子は、十玖の弟だからと言った変な色眼鏡で、自分を見たりしない。亜々宮の兄として、小学生の頃から知ってるし、今更態度を変えたりしない。

 だが最近、智子がA・Dファンになったのが面白くなかった。

 きっかけは、受験勉強中のラジオの深夜放送。

 何の気なしに聴いていたらスコンとハマったらしい。曲の終わりに再度DJが曲紹介して、検索してみたらヴォーカルが十玖だった事に驚いたくらい、無関心だったのだが。

 以来ハマってる。

 十玖はいつだってそうと知る事なく、自分の大切なものをサラリと持っていく。でもそれを手に取って喜ぶことはない。そこに有ることすら知らないのだから。

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