不器用な僕たちの恋愛事情


 放課後になって、晴日たちのクラスに十玖と美空は呼び出された。

 ただ来いと言われただけで、詳細は何も知らされてない。

 晴日たちのクラスに来て、美空が驚きの声を上げた。

「佳(けい)くん!? 何。ここに入学したんだ?」
「美空さん! お久しぶりです!!」

 それまで晴日や竜助と談笑していたのが、美空の登場で、より明るい顔をして走り寄って来た。

 十玖は美空を肘でつついた。目で誰なのか訊ねている。

「冨樫佳くん。涼ちゃんの弟」
「涼さんの…」
「トークさんですね。佳です。よろしく」

 佳が人懐っこい笑顔を浮かべ、握手を求める。十玖は若干人見知り気味に、その手を握り返した。

 ワイルド系の男くさい涼に比べ、細身で優しい面立ちをした少年。

 ニコニコと張り付いた笑顔。放そうとした十玖の手を一層強く握る。佳の目が、強い光を帯びて見えた気がした。

 十玖は息を飲んで佳を見据える。

「佳くん。まだやってる?」

 美空が写真を撮るジェスチャーをすると、佳は十玖の手を放して向き直った。

「もちろん。写真部に入ります。美空さんは? もちろん写真部ですよね?」
「当然。あたしに他の何があるのよ」
「ですよねぇ」
「ですよぉ」

 二人は見合ってケラケラ笑う。

 十玖は、何か重いものを飲み込んだような、表現しがたい気持ちになった。

「そう言えば涼ちゃんの赤ちゃん、大きくなったでしょ?」

 真奈実が退院してから、みんなでお祝いに行った。それから何回か涼から写メが届いていたが、最近のはまだだ。

「写真ありますよ。見ますか?」
「見る見る。見せてぇ」

 佳のスマホを覗き込んで、美空は楽しそうにしてる。

 十玖は写真を覗く振りして、さり気なく美空を後ろから抱きしめた。美空は十玖を見上げる。

「真秀(まほ)ちゃん大きくなって、また可愛くなったよね」
「うん。そうだね」

 チラリと佳を見る。特に変わった様子はない。

(気のせいだった…?)

 何かを嫌だと感じて、思わず牽制に美空を抱きしめたのだが。

「どれどれ。俺たちにも見せてよ」

 晴日たちが加わり、美空を中心にして一塊になった。

 わいわいと真秀の写真を見ながら、晴日が十玖に「気付いたか?」と耳打ちした。

 訝し気に晴日を見る。目が合って晴日は肩を竦め、佳へと視線を促す。

「…やっぱり?」
「やっぱり」

 引きつった顔で晴日を見ると、眉を持ち上げ首を傾いだ。

 晴日の “美空に近づく悪い虫撃退センサー” の性能は抜群にいい。

 気のせいじゃなかった。

 美空を抱く手に力が入る。彼女に頬を寄せ、佳を上目遣いで見た。

 佳の眇めた眼差し。目が合った。

 男の目だと確信した。十玖に向けられるのは嫉妬の眼差し。

 これ見よがしに十玖は美空に耳打ちする。美空は真っ赤になって「ばか」と十玖を小突いた。

「何イチャついてんだよ。バカップル」

 竜助は十玖の頬を引っ張った。

「痛いですよぉ」
「とーぜん。人目も憚らずイチャイチャと」
「今更じゃないですか。ねえ美空?」

 美空は真っ赤になったまま何も答えない。晴日は十玖の袖を引っ張った。

「おまえ何言ったわけ?」
「内緒です。知りたかったら、美空に訊いてみて下さい」
「美空が素直に教えるかよぉ」
「じゃあ諦めて下さい。美空と二人の秘密なんで」

 言いながら美空の頭頂にキスする。

「うっわ。ムカつくー。俺もハグしたくなってきた」

 しかし萌はここにいない。

 一年生の入部はまだなのだが、萌は陸上部に春休みから参加していた。それだけ期待されているのだろう。一つくらいは取り柄があるものだ。

 晴日は不気味な笑顔を浮かべる。察知した竜助が後退り、隣にいた佳を前に押しやった。

「え…リュウさん!?」
「悪い」

 晴日に差し出された佳はまんまと抱き着かれ、喚き声をあげる。その間に竜助が「逃げるぞ」と荷物を持って、二人を手招きした。

「リュウさん、ちょっと待って!」

 呼び止めるも虚しく、三人は教室を出て行ってしまった。

「ちょっハルさん。離れて下さいよ~お」

 しばらく晴日に抱き着かれたまま、佳は身動き取れなかった。

 半分諦めた頃、晴日が背中をポンポンした。

「ハルさん?」
「佳。美空はダメだよ」

 にこっと笑って佳から離れた。肩に手を置いて、もの言いたげな佳を制す。

「おまえに美空は無理」
「無理ってどおゆう意味ですか!?」
「まんまの意味」

 さっきの笑みはない。近寄りがたい空気が晴日に纏わりついて、佳は息を飲んだ。

 じゃあな、そう言って晴日は教室を出て行った。

 納得できないが、晴日にケンカを売る度量もない。佳はその場に佇んだ。


  *


 五月ゴールデンウィーク明けの月曜日。

 入学式から一ヶ月が経ち、学校生活も落ち着きを取り戻した様だ。

 美空はカメラ片手に、被写体を探して校内を歩き回っていた。

 予告通り、佳が写真部に入部してくると、十玖がやたらと心配し始めた。美空にしてみたらヤキモチ妬いてくれる十玖がちょっと嬉しい。

 が、初めて佳と会った時、十玖は後ろから抱きしめてきた。不安を感じた時に、十玖はよくバックハグをして、頬擦りしてくる傾向がある。だから何となく気が付いていた。

 佳を警戒している。

 彼が自分をどう思っているのか分からない。

 けど、二人きりにならない様に、部室に籠もらないのが十玖を安心させる。

(優しくていい子なんだけどな)

 そんなに付き合いがあるわけじゃないけれど、それくらいは分かってるつもりだ。

 写真と言う共通点もあるし、同じ部活の後輩だし、無下にできない。

 廊下の窓からファインダー越しに校庭を見た。

 陸上部を見つけ、一際小さい萌の姿を探し出して連写する。

 トラックを小さな体が駆け抜ける。十玖がよくチョロQと言うが、本当に素早い。

 下に降りて、近くで撮ろうかと思い直した時、名前を呼ばれて振り返った。

「いいショット取れましたか?」
「佳くん。そっちはどう? いいの撮れた?」
「ボチボチですかね。今回のテーマ“躍動”ですけど、それで運動部を?」
「ううん。十玖の従妹、見付けたから」

 美空が指差した方向を見る。陸上部が練習していた。

「陸上なんですか?」
「うん。あの一番小さい子」

 トラックを走る萌を指差すと、佳はくすくす笑う。

「ずいぶん対照的な身長ですよね」
「四十センチ近く違うかな。あたしこれから校庭に移動するけど、佳くんは?」
「あー。お供しても良いですか?」
「…どうぞ」

 十玖の顔が過って一瞬迷ったが、断るのも自意識過剰のような気がした。

 二人は並んで校庭に向かった。



 小一時間走って、萌は汗を拭きながら水分補給をしていた。

 部活でも未だ友人は出来ない。余程ぽっと出が十玖たちに絡むのが気に食わないのか。

 この間の一件があってから、今のところお呼び出しはないけれど、小さな嫌がらせはちょくちょくある。最も、そんなこと気にしないけど。

「萌ちゃん。休憩?」
「あ…美空さん」

 ペットのふたを閉めて萌が立ち上がった。美空は萌を座らせて、その隣に腰かけた。

「なんか用ですか?」

 さっきまで自分がいた窓を指差して、

「上から撮っていたんだけど、近くで撮りたくなっちゃって。やっぱ早いよねぇ。それって家系なのかな?」
「他は普通だと思うけど。萌の場合、十玖ちゃんが走るのにくっ付いて走ってたから、自然に鍛えられたって言うか」

「暇さえあれば、筋トレか走ってるもんね。十玖ってば」

 そうそうと笑った萌は、佳の存在に目を止めた。訝し気に見、萌の視線に気づいて美空が紹介した。

「前のヴォーカルの弟さんで、冨樫佳くん。写真部の後輩よ」
「1Cの相原萌です。よろしく」
「1Bの冨樫です。よろしく」

 軽く会釈した萌に、同じように返す桂。どちらも相手の出方を待っている猫みたいで、美空は吹き出した。

「なに美空さん?」
「ごめん。気にしないで」
「そう言われると気になるぅ」
「気にするほどの事じゃないから……部長は? 撮影許可貰いたいんだけど」
「ならあっちに。あのピンクとグレーのTシャツ」

 そう言ってハードル走の方を指した。目視して「ありがと」と萌に手を挙げ、部長の方に歩いて行く。その後に続く佳に、眉をひそめる萌だった。

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