不器用な僕たちの恋愛事情

 亜々宮は本当に気難しいと思う。

 置いて行ったくせに、途中で待っていてくれるあたり優しいのだが、年々偏屈になっている気がする。

 大体末っ子と言うのは要領が良くて、憎めないタイプが多いはずなのだが、心を許したものにしか優しさを見せない。小学生の時はもう少しマシだった。

 頭は良いし、イケメンなんだからもっと自信を持ってもいいと思うのに、十玖に対してコンプレックスの塊だ。天駆のことは普通に兄として慕っている。

 十玖を切り離して考えればいいのに、それが出来ないほど囚われている。裏を返せばそれだけ十玖に憧れているのだろうけど、素直に認める事も出来ない不器用な性格だ。

 年の近い男兄弟ってこんなものなのだろうか?

 智子にしたら、十玖よりも亜々宮の方がイイ男なのだが、全くわかってない。

 でもそんな亜々宮が可愛いと思ってる。

 繋いだ手に僅かばかり力を入れる。彼は微笑んで握り返してきた。


  *


 五月二週目木曜日。

 先日、晴日に “おまえに美空は無理” と言われた真意を知りたいと思っていた。

 割り込む隙がないほど、美空が十玖を好きだから?

 それとも自分の知り得ない美空は、十玖でなければ手に負えないような癖のある性格だから?

 色々と考えてみた。無理と言わしめるものを。

 えげつない事も考えて、否定して、グルグル考えてしまって、考える事に疲れて寝る。

 一年ぶりに会った美空は、大人っぽくなって更にキレイになっていたが、何故だか壁を感じるようになった。

 初めは十玖に気を使っているせいだと思っていた。

 去年、事件に巻き込まれ、足が僅かに悪くなったことは知っている。十玖がそんな彼女を気遣っている光景を度々見かけ、二人の間の絆を見せつけられた気がした。

 美空が飛び降りを図った動画が流出した時、一緒に飛び降りた十玖が話題になった。甲斐甲斐しく美空の看病をする十玖に、同情の声と、憧憬の声がSNSを賑わせた時、自分が近くにいたら同じことをしたと思いながら、本当に?と聞き返してくる自分もいて、入院していると知りつつ、見舞いにすら行けなかった。

 確かに、自分の気持ちなど十玖の足元にも及ばないだろう。

 晴日はそれを見透かして、あんな事を言ってきたのか?

 叶うとは思っていない。けれどこの気持ちをなかった事には出来なかった。



 美空は下駄箱前に佇んでいた。

 上履きの上に鎮座する白い封筒。

(これは一体……?)

 十玖の彼女なのは周知の事実なので、こんなイベントは無関係だと思っていた。

(間違って入れちゃったのかな?)

 だとしたら、宛先人に渡してあげなければ、差出人が可哀想だ。

 美空は封筒を手にした。

 宛名も差出人も書かれていない真っ白の封筒。これでは例え間違って入れたにしても、届けようがない。

 封は閉じられていなかった。

(ごめんなさい。中見ちゃいます)

 中の便せんを取り出して、美空は凍り付いた。

「どうしたの?」

 晴日に引き留められて、遅れて来た十玖が声を掛けて来た。美空は無意識に封筒をポケットに突っ込む。

 靴を履き替える十玖を見ながら、大きく首を振った。

「どうもしないよ…?」
「そお? なんかさっきより顔色悪いよ? 具合悪い?」
「そ、そんな事ないと思うけど」

 十玖はじっと顔を覗き込んでくる。

「大丈夫だってば。心配性なんだから」
「だって心配だし」
「過保護すぎ」
「過保護で悪い?」

 開き直った十玖を周囲が見て笑っている。

 十玖が美空にベタ惚れなのは、みんなが知るところだ。十玖も全く隠そうともしないし。

 ボスッ!

 十玖はいきなり背中をど突かれ、振り返った。

「さっきから待ってるのに、いつまで突っ立てんの? 邪魔なんだけど」

 犯人は苑子だった。どうやら学校指定のナイロンバッグで殴ったようである。

「朝からイチャイチャと。この狭い空間を、あんたの図体がどれほど圧迫してるか気付いてる?」
「ごめん」

 十玖が退けると、そこに苑子の下駄箱。本当に邪魔だったようだ。

 さっさと靴を履き替え、苑子は美空の腕を取り「行こう」と引っ張って行った。残された太一が十玖を見てにっこり笑う。

「十玖。そこ邪魔」
「ごめん」

 太一にまで邪魔にされ、十玖はすごすごと廊下まで行き、太一を待った。


 一時限目、美空は朝の便せんを開いていた。

 今までなかったのが不思議なくらいだ。

 有名人を恋人に持ち、周囲に歓迎する人ばかりではないのは当然の事だろう。

 そんな当たり前の事を考えた事もなくて、驚きのあまりフリーズしてしまったが、憤りは分かる気がする。

 晴日の妹と言う立場を利用して十玖に近付き、自殺騒ぎで気を引いて、後遺症が残った事を盾に十玖を縛り付けてる卑怯者。十玖が優しいのをいい事につけ上がって鼻持ちならない。いい加減十玖を解放してあげるべきだ――――と言う内容だ。

 二人の何を知っていて、こんな事を言うのだろうと憤慨しながら、十玖を縛り付けてる感は否めない。

 十玖のすべての感情に応えられないくせに、十玖から離れられない。だからいつも申し訳なさを感じている。

 佳のスマホで真秀の写真を見ていた時、十玖が耳打ちした“美空の赤ちゃんならきっともっと可愛いよね”のプロポーズとも取れる言葉。

 そんな日が来るのかも怪しい。

 いつか十玖と別れる日が来るのだろうか?

 このままなら別れることになっても、文句は言えない。セックスもさせないくせに、ずっと引き留めるなんて無理だし、強要も出来ない。

 十玖はそれでも良いと言うけれど、美空の為に言っているだけで、体は嘘が付けない。

 激しいキスをされて、十玖の変化を感じた時、どうしようもなく怖くなってしまった。こんなで二人の未来を想像する方が難しい。

 でも今は別れることも選べないのだ。

 差出人不明の手紙をくしゃりと握り、美空は深いため息をついた。



 乱闘騒ぎからこっち、萌の周りは平穏だ。

 萌の執念深さに慄(おのの)き、もう誰もケンカを売ってこない。

そりゃそうだ。クラスのリーダー格の女子を辟易させたのだから。

 彼女に苛められなくなって、ポツポツと話しかけてくれるようになった子もいる。

 一番変わったのは、クラス委員の長澤かも知れない。態度は素っ気ないのだが、何かと気にかけてくれる。最初は萌など眼中になかったようなのに。

 以前、美空がラインで “萌を分かってくれる人はいる” と言ってくれたが、長澤もその一人かもしれないと思う。

 クラス委員として問題児を野放しに出来ないと言う、穿った見方もできるが、そこまで頭は回っていない。

 まあとにかく、クラスは平和だ。

《Moe――晴さん。今何してる?》

 特別用事はないのだが、手持ち無沙汰なのでラインしてみた。返事が直ぐに返って来た。

《HAL――竜助とだべってった》

《Moe――今日お天気いいから、みんなで屋上でご飯食べたいな》

《HAL――そうだな。んじゃグループ送信しとくわな》

《Moe――やった! 楽しみ~》

 こうでもしないと、校内で晴日とまともに会えない。

 もっとベタベタしたいのだが、飛びついただけで過剰反応する方々を、これ以上煽ってくれるなと十玖に言われた。

 萌としても怪我するのはゴメンだ。先日の引っ掻き傷が癒えたばかりだし、傷を見るたびにため息をついていた晴日が可哀想だった。

 スマホのバイブが鳴り、昼休み屋上集合のラインが届いた。直ぐに全員の既読が付く。

《KENT――みんなでランチかあ。仲良しさんでいいねえ》

 その後に佐保とツーショットの写真が送られてきた。こちらも順調のようだ。

《tuttu――いいわね、あんたたち楽しそうで。こっちは昼抜きになりそうだってのに》

《KENT――年齢的にも、無理なダイエットは老化を促進させますよ?》

《tuttu――ケント。殺されたいの? あたしの老化を促進させてるのは、他でもないあんたたちよ!》

《KENT――やだな。ちょっとした戯れじゃないですか。いつも感謝してますよぉ》

《tuttu――心がこもってないわね。あたしは忙しいのよ。明日のライヴよろしくね!》

《KENT――だって。今日軽く通しやるから音楽室ね~》

 A・D三人の了解が送信されたところで始業のチャイムが鳴った。



 昼休み。屋上に向かう途中、美空はちょっと部室に寄ると言って、十玖、苑子、太一を先に行かせた。

 十玖はついて行くと言ったのに、また心配性だの過保護だのと少しキレ気味に言われたので、しょうがなく先に屋上に来た。

 既に晴日たちがいて、弁当を広げる準備をしていた。

「美空は?」
「部室に寄ってからすぐ来るそうです」
「一緒に行かないなんて珍しいな」
「何か朝から過保護すぎるって怒られてばかりだったんで」
「確かに過保護だよな」

 過保護になる理由を知っていても、行き過ぎ感は否めないところだ。

「いくら好きでも息苦しくなるんじゃない」

 苑子の指摘に、情けない顔になる十玖。

「ウザいかなぁ?」
「あたしだったら超ウザいって思うけど。美空ちゃんはどうかな?」
「苑子は適度に放置されたい方だからな」

 
お茶の口を開けながら太一が言う。

 美空を待って、十分も過ぎた頃、十玖がソワソワし始めた。やたら昇降口を気にしている様子を見て、竜助が呆れた顔をした。

「心配なら行って来いよ。俺らも腹減ったし」
「行ってきます!」

 それからの十玖は素早かった。

 GOのサインが出るのを待っていた犬の如く、もの凄い勢いで立ち去る。一同呆然と見送り、すぐ大爆笑になった。

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