不器用な僕たちの恋愛事情


  *


 五月四週目、月曜日。

 美空が四日ぶりに登校した。

 嫌がらせが怖いからと言って、いつまでも休んでいられない。

 二日ぶりで、美空に会った。正直、美空不足と言ってハグしたいところだが、お触り禁止令が出ている上、高橋が気になって、美空に近付くのが怖い。

 土曜は地方遠征だったし、日曜は用事があると言って、会いに行かなかった。

 テンション低めの十玖が机に突っ伏してると、クラスの男子が「ケンカか?」と揶揄って来る。十玖は美空に勝てないという認識のせいだ。

「してないよ」

 無視してる十玖の代わりに美空が答えた。

 少しは、寂しがってくれてるなら、まだ慰めにもなるのだが、美空はいつもと一向に変わらない。十玖は聞こえよがしにため息をつく。

「どした?」

 すぐ前の太一が聞いてきた。十玖は顔も上げず、

「美空のイジメに耐えてるとこ」
「あ? 何それ」
「ハグしちゃダメって言うから、エネルギーチャージ出来ない」
「それって自業自得なんじゃねえの?」
「…うん」
「バカたれが」
「うん」

 太一の右手が十玖の頭を包む。しばらくすると、ぎゅっぎゅっと力強い指圧が始まった。

「凝ってるなあ」
「気持ちいい」
「頭皮が硬くなるとハゲるらしいぞ」
「やめて」

 幼馴染み同士の他愛のない会話。

「一人で何とかしようなんて、考えるなよ」

 太一は両手で力いっぱい揉み始め、十玖は机をタップする。

 幼馴染みの愛情表現は、思いの外、痛かった。



 クラスの女子が突然黄色い声を上げ、スマホを数人で見ていたかと思ったら、十玖の元にやって来て、持っていたスマホを彼の前に突き出した。

「これホントに三嶋!?」

 古い写真データが、SNSに拡散されていた。

 淳弥と一緒に写っているキッズモデルの頃のもの。

 誰がUPしたのか、すぐに分かった。

「あ、これ。なっつかしーぃ」

 脇から覗き込んだ苑子が言った。

「じゃ本当に三嶋なんだ? コレ俳優の高本淳弥なんでしょ?」
「二人ともメチャクチャ可愛い~」

 十玖の机の周りで騒がしい女子を尻目に、太一が話しかけてくる。

「今頃、懐かしいもんが出て来たな」

 太一も苑子も当時の事はよく覚えている。

 小学一年の頃、入院した専属モデルの代わりを探していた華子が、高本家でたまたま見かけた十玖をスカウトした。

 今より酷い人見知りだった十玖は、泣く泣く華子に引っ張ていかれ、二人は彼を哀れに思ったものだ。

 唯一の救いは、仲良しで同い年の従兄、淳弥だった。

 周囲に視線を泳がすと、十玖は声のトーンを落とした。

「高橋だよ。UPしたの」
「…高橋って合唱部の?」
「うん。アパレル関係者の子供。よく見学に来てたって言っていた」
「十玖の事、知ってたって事?」
「らしいね」

 こんな昔の写真をわざとらしくUPして、何を顕示したいのか。

 少なくとも高橋が言っていたことは、本当だったという証明にはなった。

「太一から見た高橋ってどんな?」
「どんなって…普通? 可もなく不可もなく平均的な子?」
「そういうんじゃなくて……なんて説明したらいいのか分からないんだけど、頭ん中で…嫌な音がする」

 警鐘。

 最初は聞こえないくらい小さな音だったのが、どんどん近付いて大きくなって来ている。

「いつもの直観か?」
「最初は。…何か変なんだ。高橋の事が分かる直前に、華子さんから筒井マネにオファーがあった。それって偶然だと思う?」
「疑ったらキリないと思うけど、臭いっちゃあ臭いか?」

 依然盛り上がってる女子を掻き分けて、美空が隣に立った。十玖は見上げて微笑む。

 高橋の事は、美空に聞かせたくない。太一も口を噤んだ。

「お兄ちゃんからある程度話は聞いてるけど、キッズモデルの事は知らなかったわ」
「頼まれて、半年だけね。やってたうちに入らないよ」
「可愛いじゃない。集団失恋の話、納得しちゃった」
「それ持ち出す?」

 情けない顔をした十玖をくすくす笑う。

 この笑顔を守りたい。

「ハグ解禁はまだ?」
「まだ」
「じゃいいよ」

 破るから、と美空の腰を引き寄せて膝の上に座らせると、その肩に顔を伏せた。



 放課後、知らない番号の電話が鳴った。

 緊張しながら電話に出ると、華子が校門前にいるから付き合いなさいと言うものだった。

 晴日に美空の事を頼んで校門に行くと、派手な格好をした華子が車に寄りかかって手を振ってる。

「相変わらず年齢不詳ですね」
「十玖はいい男になったんじゃない?」

 妖艶な微笑み。

 華子は車から離れ、十玖の前にすっと立つ。目線がやや十玖より高い。

 二人が並ぶとかなり目立つ。帰宅する生徒の視線を集めているのを、華子は楽しんでいるようだ。

「この間の話なら断りましたよね」
「あら。つれないのね」

 くすくすと笑う。

「でも忘れてない? 私が諦め悪いって事」

 手入れの行き届いたネイルの指が、ペシペシと十玖の頬を張る。僅かに身を引いた十玖を失笑した。

「クライアントの指名なのよ。イメージがピッタリなんですって」
「なんか胡散臭い」
「どういうこと?」
「こっちの話です。…ここから離れませんか?」

 衆人環視の目が気になってしょうがない。

 華子は周囲を見渡し、「そうね」と運転席のドアを開ける。十玖は回り込んで助手席に乗り込んだ。

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