貴方の夫が雪女に捕まっていたら
(1)
 ハーッと奈津子はふかいため息をついた。さっき突然、この一週間のたたかいがおわったのだ。イヤ闘いが終わったのはあの雪女と、私のバカ夫だけだ。ヤツら、ホットしているに違いない。
夫が自分の命をかけて、私があの雪女に攻撃をするのを無理やり止めさせたからだ。
しかたない。「もうあなたを問い詰めるのをやめます」
といってやった。しかし私はと言えば、何一つ納得していなくて本当の戦いは今日はじまるのだ。

 はじまるのは、あんな雪女にいいように利用されたバカ夫と私の戦い、ここからは強くもない私がちゃんとこれから生きていけるかの自分との闘いでもある。
私がすでに立っている土俵にずりおろそうとした雪女は、私がなんどいっても一度も卑怯にも片足すら降ろさなかった。

真面目に生きてきてこんなことがある日訪れるのが、いきているという事なら初めから生まれたくはなかったと思う。
それほど辛い一週間だった。

 奈津子の夫は、今年会社を退職した。まあ、いい年になったのだ。
やさしい夫だった。家の手伝いも良くして「当たったな」と正直奈津子はおもっていた。

来年には孫も生まれるし、このまま、穏やかな老後生活に入ってもいいと本当に思っていたのだ。

でも人生とはやさしくない。悪魔がどこかで、スケジュールをかえていたりする。それは遠いよその家の話で、奈津子の家のことではないと信じきっていたのが、あまかったのだ。

 毎日が日曜日になって、夫は、なにもせず読書や庭いじりくらいで穏やかなな日々をすごしていた。奈津子は健康をしんぱいして

「何か始めるか、誰かと会うかしたら」といってみた。
すると、「今度、前からやっていた街歩きのサークルの人に会う、それも丸一日で」

そんな話初めて聞く。なんか変だな、と思って奈津子が問い詰めると夫はスラスラとこたえた。不思議だが、罪悪感というものを全く感じていないようすだった。

奈津子はその真実に驚愕した。
夫が5年半以上も前から、会社の部下の女性二人、(一人は老女、一人は妙齢既婚)全員休暇を取って彼がリーダーで彼女らに街歩きをサービスしていたらしい。

場所は、全部私や子供と行ったところ。一か所など、息子が
「将来結婚する時はこういう所でしたい素晴らしいところ」

と私達を案内してくれた、家族の聖地だ。

夫曰く「だって自分が良く知った場所でないと彼女たちをうまく案内してあげられないだろう」

夫は悪気はなくそういったのだ。
「おまえにいうとすぐ止めさせられるからぜったい秘密裡にしてやり初め、そして今日までつづいた。たんなる俺の気晴らしだった俺のサークル。仲間だ。」自慢そうに言う。

なに言っているんだ、そんな気晴らしがあるか、場所は我々家族の大切な場所だし、全員休暇をとって、会社員三人で行っていたなんて女二人、男は私の夫だ。これを聞いてハイハイという奥さんがいるのか、いやいない。
そのころ交通事故の後遺症で私は何年も家でうなっていたのだ。夫の残り休暇数を二人で数えて、病院や、実家などにつれていってもらっていたのだ。

夫に感謝していた。すまないともおもっていた。だから、まだ回復してない体でひっしに家事をこなし夫のために料理にはげんでもいた。

夫は広い世界に二人ボッチだけどお前がいればそれでいいといって奈津子も涙にむせていたのだ。

それなのに、なに妻だまして仕事行っているふりして女二人つれて楽しくやってんだよ。職場内でやることと違うだろ、すこしは罪の意識ってものがはないのかよ。初老のおっさいとオバはんがやることか。

毎日、奈津子をしんぱいして何度も電話をくれていた夫はそのたび念入りな嘘を重ねていたらしい、なぜそこまでして?信じられないが影に隠れてコソコソ電話している夫の姿があったのだ、実際。

不器用な夫が大好きだった奈津子はそれも大ショクだった。実に巧妙な仕掛けではないか。奈津子が知っている以前の夫ではないとおもった。第一女好きなんておもってもいなかった。

今の今まで夫を信じ、常に一緒、お風呂も奈津子のめまいを心配して一緒に入ってくれていたのだ。

終始家ではくっついていたその間、夫は奈津子に彼女たちの存在を表すスキさえみせなかったのだ。後で、「波風立たせたくなくて完璧を尽くした」とのたまった。波風っていったいなに?妻に嘘ついて、裏切ってたくせに。

「会社の延長だから問題ない。別に男女関係でも問題ないし」

何をいうんだ女二人(一人は老婆、それは隠れ蓑)男一人、それが私の夫、そんなの妻として耐えられるか。馬鹿夫よ。会社内では、男女関係では余計な関係を持たないという鉄則を知らないのか。

ひとのいい夫は、あの「雪女伝説」の巳之吉みたいに実に童顔で女に利用されるイイヒトタイプだ。

夫は写真が上手い。
「写真は撮ってやったのか?」
と聞くと、「ある」、という。それじゃー。私にしたサービとまったく同じではないか、大事な妻と同列でまずいとは思わない鈍い夫だ。本当にくやしい。
夜中だった。
私は夫に無理やりたのんで、その写真をみせてもらった。
「アッ雪女だ」
夫の横に並ぶ白い;顔の女は紛れもなく雪女だった。
「しまった、やられた」
私はさけんだ。
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