ライアーピース
しんと静まり返る電話口に、
微かに歩夢の呼吸音が聞こえてくる。
私はケータイを耳に強く押し当てて、
歩夢の返事を待った。
しばらくして、歩夢が
息を吸い込むのが分かった。
≪若葉が本音を望むなら言うけど≫
「うん」
≪正直言うと嫌だね。
あいつと関わってほしくないと思うよ。
だって当然だろ?自分の奥さんが
別な男のことを思って一喜一憂したり
するのを見るのって、結構辛いよ。
俺の立場はどうなるんだ?って思う。
たまに、若葉は何で俺と結婚したんだろうって思う≫
予想以上に冷たく言い放たれた
歩夢の言葉は、深く胸に刺さった。
≪でも、俺は若葉を信じてる。
いつか自分で自分の心に折り合いをつけて、
純粋に俺らの幸せを築けるようになる日が来るって信じてるよ≫
続いた言葉は、柔らかくて、優しかった。
≪ゆっくりでいいよ。そりゃあ、
早いに越したことはないけどさ。
無理して苦しくなって
いっぱいいっぱいになられるほうが俺は嫌かな≫
ああ、つくづく思う。
歩夢と結婚して本当に良かった。
こんなに私のことを
理解しようとしてくれる旦那さん、
他にいないかもしれない。
「ありがとう。歩夢」
≪ん。少しは元気出た?≫
「ふふ。かなりね」
≪そうか。そりゃよかった≫
歩夢と二人で笑い合う。
そうして、私は静かに電話を切って目を閉じた。
病室まで戻ると、勢いよく扉を開けた。
「あ、さっきの・・・」
驚いた顔をした陸の目の前に立つと、
私は息を大きく吸い込んで口を開いた。
私の出した答えは一つ。
「初めまして。新海若葉です」
リセットするんだ。
この想いも、全部。