ライアーピース



市役所に着くと、歩夢は
私を連れてどんどん中に入っていく。


「もう一度聞くよ。
 これで、いいんだね?」


「・・・うん」


離婚届を一緒に届け出るなんて、
なんだか複雑な気持ちになる。


こんな紙切れで、私たちは
家族じゃなくなるんだ。


こんな紙一枚で。


車に戻るまで私が終始俯いていると、
歩夢は私の頬に手を当てて顔を上げさせた。


私の目の前に、歩夢の顔がある。


歩夢はそっと口を開いた。


「全く。今日限りだぞ?
 お前の我儘に付き合うのは」


「歩夢・・・私・・・」


「ごめん、は筋違いだからな?
 夫婦だったんだ。お互い悪いところはある。
 それは仕方のないことだよ。


 だからあんまり気負うなよ?
 俺なら大丈夫。心配するなよ」



歩夢はそう言うと、小さく笑った。


「最後に一つ、俺の我儘も聞いて?」


「・・・うん」


「若葉、キスして」


歩夢は私と向かい合うと、そっと目を閉じた。


私はゆっくりと歩夢に近づいて、
静かにキスをした。


途端、私の体は引っ張られて、
歩夢の胸にすっぽりと収まった。


「離したくないなぁ。本音は」


そう言った歩夢の声は、
ほんの少し震えていた。


きっと、歩夢は泣いてるんだ。


小さく震える歩夢の背に、
私はゆっくりと腕を回した。


「元気でな。若葉。幸せになれよ」


「・・・歩夢」


「絶対俺より、幸せになれよ。
 そうじゃないと怒るからな」


「・・・うん」


「好きだよ、若葉。
 今までも、これからも」


「・・・うん」


「さよならだな」


「・・・うん」


私は涙を堪えきれずに泣いた。


それと同時に、歩夢も
鼻をすすりながら泣いた。


溢れてくる涙を、
私たちは堪えずにポロポロと流した。




ねえ、歩夢。


私はあなたと出会えてとても幸せだった。


これだけは、伝えたい。


あなたの優しさを胸に、
私は前に進むよ。


その先にあなたがいても、いなくても。




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