ライアーピース



冷たいものが首筋にかかる。


ガチャっと音がして、
陸が「いいよ」と声をあげた。


目を開けると、
首に何かがかけられていた。


「これ・・・」


「それ、持っててくれないかな?
 自分勝手だけど、お守り」


「お守り?」


「俺はそばにいることが出来ないから、
 こんなもので悪いんだけど。
 辛くなったらそれをつけてよ。
 少しでも俺のこと、思い出してほしくてさ」


陸が私にくれたのは、
小さなリングだった。


微かにピンクのラインが入った、
可愛らしいリング。


私がそれを手に取ると、陸は立ちあがった。


「さて、帰るかな」


「陸・・・あの、その・・・」


「ん?」


「元気で、ね?」


「若葉も。少しでも俺を好きになってくれて
 ありがとう」


陸は短くそう言って伝票を持ってレジまで行くと、
ひらひらと手を振って店を出て行ってしまった。


微かに香る珈琲の匂いと、
あの香水の匂いが私の鼻を擽った。


もう一度、陸のくれたリングに触れると、
とめどなく涙が溢れてきた。


「お母さん、どうしたの?泣いてるの?」


楓の声が聞こえる。


私はお店の中で泣き崩れた。


陸が、いなくなってしまう。


それがただ単純に、哀しくて・・・。


陸はずるいよ。


自分は簡単に忘れるくせに、
こうして私が忘れることを許してはくれないんだもの。







―その日、陸は私の前から姿を消した。


慈愛の家の西川さんに尋ねても、
陸の行方は分からなかった。


ただ、胸元に残るリングだけが、
キラキラと光り輝いていた。



< 229 / 231 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop