オトナの恋は礼儀知らず
 お店の営業が終わると見習いの子たちが練習をしている。
 自分が教えることもあるけれど、だいたいは福田くんや亜里沙、他の子たちが教えてくれていた。

「お先ね。練習よろしくね。」

 この練習はカットのことで、エステのことは福田くんにまだ話せずにいた。

 帰ろうとしたその時になんだかバックヤードが騒がしくなり、出て来た人達が口論していた。

 口論というより1人が一方的に言われているようだ。
 それをもう1人が煩わしそうな顔をして受け流しているという構図だった。

「そんな理由おかしい。
 嘘で誤魔化そうとしてる!」

 なんの騒ぎだろう。
 経験と空気から嫌な予感がして関わりたくないのだけれど、自分のお店のことだ。

「どうしたの?」と声をかけるのは普通だ。
 それがいけなかった。

「店長まで!
 福田くんに色目でも使ったんですか?」

「………はい?」

 喚き散らしてるのは最近入った紗南。

 お客様の頃から通っていて福田くんに憧れて美容師になった。
 美容師と言ってもまだ見習いだけど。

 憧れが好きに変わったのね。
 お店での色恋はやめて欲しいわ。

 美容師という職業柄、髪や体に触れることが多いため勘違いする人も多い。

 髪に触れられ、顔をのぞきこまれ、似合ってます可愛いですと言われる。
 それにときめいて恋に落ちるらしい。

 その魔法にかかったままでも仕事仲間になれば魔法も解けると考えたのは甘かったようだ。

 で、どうして私が出てくるわけ?

「福田くんが店長のこと好きだって。
 だから店長のこと『友恵さん』って呼んでたんですね!!」

 いやだからさ。
 どうしてみんなそうやって近場で面白おかしくくっつけようとするのかな。
 そんな単純なものなの?

「俺、恋愛感情引っ張り出して一緒に独立しようお店やりましょうって言う奴、虫唾が走る。」

 分かる。分かるよ。
 はっきり言ってくれて気持ちいいよ。

 ただ彼女はそう思わないんじゃないかな。

「だから店長が好きなんでしょ!」

 なんでそうなるのよ!

「そう。悪い?
 尊敬できる人にしか俺はついていかない。」

 福田くん。後生だから否定して。

 福田くんの言葉が決定打になったのか、顔を真っ赤にさせて興奮していた紗南がわなわなと震えた後にお店を飛び出して行った。

 最悪の捨て台詞を残して。

「こんな40過ぎのおばさんのどこがいいわけ?
 貢がせてるから離れられないの!?」

 あー。あの子、明日から来ないわね。
 来たってこっちから願い下げだけどね。






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