オトナの恋は礼儀知らず
19.一緒なら
「ここ……。」

 着いたのは甘いキャラメルの匂いが充満している照明が落とされた暗い空間。
 駅からほど近い映画館だった。

「チケット買って来るので、待っていて。」

 待たなくても一緒に行けばいいのに、何よりどの映画を見るのか……答えはなんとく分かっているのに教えてくれなかった。

 戻ってきても何も言ってくれない。

「ポップコーンはキャラメル派ですか?
 塩派ですか?」

「どっちでもいいです。……じゃなくて。
 ちゃんと言ってください。」

 え?と顔をした辺り、なんのことか分かっていないみたいだ。

「映画と言ってくれないし……それに……。」

「『それでも会いたい』を見ようと思うのですが、言うと構てしまうかと思いまして。」

「始まってから知った方が嫌です。」

 むくれ顔を作れば、微笑む桜川さんが場違いなことを言うから付き合っていられなくなる。

 取り繕ったりしないわけ?

 それも耳元で囁くからタチが悪い。

「そんな可愛い顔しないでください。
 食べちゃいますよ?」

「!!!」

 むくれ顔を崩さない……崩せない友恵の手を引いて桜川さんはポップコーンの前に行った。

 足取り軽くとても楽しそうだから余計にむくれる気持ちなのに、こちらの心も軽くなるから不思議だ。

「キャラメルと塩を1つずつと、コーヒーを2つ。」

 迷わずキャラメル味を友恵の方へ差し出すと「ちょっとだけくださいね」とつまんだ。

 なんだか悔しい。
 何も言っていないのにキャラメルポップコーンとコーヒーなんて。

 僅かな女性扱いだと思うのは思い上がりなのか。
 何より悔しいことに好みをバッチリ押さえられていた。



 席に座ると些か緊張する。
 平日で人も疎らなのが救いだった。

 まだ始まるのには時間があって、それがまた緊張を煽っていく。
 いくら桜川さんがいてくれても、感動しないんじゃないか、子どもにイライラしたらどうしようと不安に飲み込まれそうになる。

 不意に隣から手が伸びて手を握られた。
 桜川さんを見れば穏やかに微笑んでいる。

「大丈夫ですよ。
 本当は抱きしめて見たかったな。
 DVDになるまで待てば良かったかな。」

 桜川さんが見たい基準はなんなのよ。

 ううん。分かってるわ。
 昨日話した通りに一緒に来てくれたのよね。
 私のために。

 今も不安にならないように手を握ってくれて。
 







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