オトナの恋は礼儀知らず
29.恐れていたこと
 やだ。寝ちゃってた。

 電車で出掛けた帰り道。
 揺れが心地よくて眠っていたようだった。

 ガクッと傾いた自分の頭に驚いて意識を取り戻した。

 疲れていたかもしれない。
 年々体力が無くなったと実感しているのに仕事は今まで通りやりたくなる。

 無理したツケかも。

 どこまで来ただろうか降りる駅は……と辺りを見回すと周りが傾き始めて見ている世界が歪んだ。

 これを目眩と言っていいのか分からないほどに世界が揺れる。

 気持ち悪い。貧血なの?

 冷や汗が噴き出して意識が遠のいていく。

「大丈夫ですか?」

 掛けられた声にすがる事なく「すみません。降りますので」とどこの駅かも分からないまま降りた。


 駅のホーム。

 人里寂しいところまで来たようでホームには風が吹くばかりだ。

 改札口まで行けば駅員さんがいるのか……まさか無人駅だったらどうしよう。
 風が吹き抜ける寒々しいホームで1人取り残されたような気分になる。

 ここに居てはいけない気がして、よろめきながら立ち上がった。

 疎外感、不安、虚しさ……。
 負の感情がごちゃまぜになってのしかかって来る。

 疲れのせいかもしれない。

 それでもどうにもできなかった。
 どんどん負の感情に飲み込まれていく。

 それは黒く渦巻いていて友恵をいとも簡単に取り込んでいく……。

 私はどうして生きていたんだっけ。

 よろめきながら一歩前に足を進めた。

 もう十分頑張ったじゃない。
 休んだって誰も文句は言わないわ。

 また一歩と歩を進め、線路の方へ導かれるように引き寄せられていった。

 不意に体が大きく傾いて、視覚障害の方のための黄色い線がボコボコしているところに足を引っ掛けたことに気付く。

 傾いた体は大きく揺れて首元のネックレスも上下に大きく振られた。
 顎に固い何かが当たって走馬灯のように今までの事が思い浮かんだ。

 痛さにしゃがみ込むつもりがふらついてそのままホール側に大きく転んだ。

 ぶつけた腕が痛い。


 走馬灯って何よ。冗談じゃない。

 ホームに入ってきた電車から車掌さんらしき人が降りてきた。
「大丈夫ですか?」と声をかけられてそのまま意識を手放していた。





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