恋愛ノスタルジー
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「朝食はもういい。行ってくる」

「あ……ごめんなさい!」

腕時計を確認して小さく息をつくと圭吾さんは席を立ち、隣に置いていたビジネスバッグを左手で掴んだ。

「今夜は遅くなる。先に寝ているように」

「……はい」

慌てて手を拭き、玄関へと向かう圭吾さんを追いかけようとしたその時、

「送らなくていい。遅れる」

「すみません……いってらっしゃい」

遠くで扉の閉まる音がして、思わず溜め息がもれる。

どうやらテーブルに置き去りにされた圭吾さんの朝食は、私のお昼御飯になりそうだ。

まだ朝だというのに……今日も彼を不機嫌にしてしまった。

「……今日は……ハウスキーパーが10時……クリーニングが夕方……」

ハウスキーパーはマンションが契約している会社から派遣されてくるし、クリーニングから返ってくる圭吾さんのスーツもコンシェルジュに任せてある。

「……私がいる意味あるのかな」

……ない。でも、ある。

峯岸グループの末娘である私は、夢川貿易株式会社の跡取り息子である夢川圭吾さんと婚約をすませ、三ヶ月後に結婚するのだ。

彼の妻になり跡取りを産む。

それが私の仕事。

それ以外になにもない。

愛も……ない。

そう、彼との間にはなにもないのだ。

私は綺麗に整えられたリビングを見渡した後、仕事を見つけるのを諦めてバスルームへと向かった。
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