恋愛ノスタルジー
「分かった。じゃあまた明日な。おやすみ、彩」

「おやすみなさい」

心配してくれたんだ。

……嬉しい……。

と、ここで再び、スマホから顔を上げた私の眼に圭吾さんの整った顔が写る。

「……」

「……」

圭吾さんは私から少し離れたものの、依然として不機嫌そうだ。

……ちょっと待って、もしかして……。

もしかして、圭吾さんも心配してくれていたとか?

だって、玄関ドアの前に立ってたし、バランスを崩した私をこんな風に抱き留めてくれたし……。

いや、でも……それじゃこの仏頂面が説明つかないか……。

その時、私は重要な事を思い出して圭吾さんを見上げた。

そうだ。

そういえば、インテリア雑貨の搬入のお礼をまだ言ってなかった。

圭吾さんは踵を返し、リビングの方向へと歩き出している。

「待って、圭吾さん」

待ってくれそうに思えず私が咄嗟に腕を掴んでしまうと、圭吾さんは少し驚いたように振り返った。

「あの、モデルハウスに使うインテリア雑貨をわが社に運んでくれてありがとう……凄く助かりました」

「……」

圭吾さんはマジマジと私を見下ろしているけれど、無言。

あれ。

「……圭吾さん?」

圭吾さんは私の呼び掛けに漸く瞬きをした。

「ありがとう、圭吾さん」

「……大した事じゃない」

何だか決まり悪そうに私から視線を反らすと、圭吾さんは短くこう答えた。

「でも嬉しかったです。課長も喜んでいました」

「もう寝る」

その言葉に慌てて腕を離す。

「あっ、お休みなさい!また明日……」

姿勢の良い後ろ姿からは、何も窺い知れない。

でも少し、ほんの少しだけ、私の中で圭吾さんの印象が変わった夜だった。
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