【惑溺】わたしの、ハジメテノヒト。
いない……。
由佳さんも、いない……。
ゆっくりとリョウくんを振り返ると、彼はうつむいて壁にもたれていた。
黒い髪に隠されどんな表情をしてるのかわからなかった。
「……リョウくんっ」
そう言いながら近づいて彼の腕を取ると、驚いたようにあたしを見た。
「ああ……いたんだ」
ゆっくりとため息をつきながら皮肉げな顔で冷たく笑う。
「リョウくん、追いかけなきゃ……!」
真剣な表情でそう言ったあたしにリョウくんは眉をひそめた。
「由佳さんを追いかけなきゃ! 今あそこにいたのが由佳さんなんでしょ?
リョウくんまだあの人が好きなんでしょ!?」
必死にそう言うあたしにリョウくんは深くため息をつき
茶色のシュシュのはまった左手で黒い髪をかきあげた。
「追いかけたって、無駄だろ」
いつものように感情のない声で冷たく言う。
「無駄じゃないよ……!!」
だって、リョウくんをみつめる由佳さんの表情は
ただ別れた相手を見る顔じゃなかった。
身体だけの関係を持った相手をみる顔じゃなかった。