花びら
「わぁ…綺麗…」
「向こうに桜はないのか?」
「あるんだけど、こんな綺麗なのは初めて見たの!」
トランクケースを3つとキャリーバック2
つを乗せた車は、渋滞した大通りを走っていた。
荷物はすべて、車の助手席にちょこんと乗っている彼女のものだ。
日に当たったことのないような真っ白い肌、ぱっちりとした2重、リップが塗られた赤い唇、足首近くまである長いワンピースを着ている彼女は、おとぎ話から出てきたようだ。
「窓、開けてもいいかな?」
「いいよ。でも風が吹いたら、花びらが入ってくるから気をつけて。」
パッと見中学生や小学生にしか見えない童顔と背の持ち主だが、彼女は今年で高校生になる。
彼女は窓を開け、顔を少しだけ出す。
「歩兄」
「ん?」
運転席に座る、あゆにいと呼ばれた若い男性……風待歩(かぜまちあゆむ)は、身を乗り出す彼女……丸瀬心絆(まるせここ)に視線を向けた。
別に、心絆のことを好きなわけではない。
どことなく抜けていたり危なっかしいところを見ていると、目が離せないのだ。
まるで、妹ができたような感覚を歩は味わっていた。
弟は一人いるが、残念ながら可愛げがあまりない。
「あっ…」
強い風が吹いた。
地面に散ってしまった花びらが宙を舞う。
「綺麗…」
心絆の声が、空に透き通っていく。
桜色のカーテンが引かれたように、世界がピンク色に染まった。
「ほら、花びらついてるよ。」
歩が心絆の服を引っ張り、車の中に戻した。
心絆の髪や服についた桜が車の中に落ちていく。
「えへ、やっちゃった。」
「あとではらうんだよ?」
「はーい。」
車は、心絆が住むことになる、新しい家を目指していた。