咲くはずだった花
RESTART

第八話 RESTART

コンコン、

「…失礼します」

秋晴れの空の下、奈千の病室に来客が現れた

「…!あなた、は、いつかの……」

奈千の瞳に映ったのは…


「…どうも」


真緒だった


「えっと…俺のこと、覚えてる?」

「…前に一度、来てくれた、人、ですよね?」

「…うん」

奈千が自分を覚えていたことに安堵する真緒

「…改めて、自己紹介させてほしい

俺は一条真緒、高校一年生。
お前と同じ、十六歳だ

そして…

お前とは、小さい時からの幼馴染み“だった”んだ」

「…おさな、じみ?」

不思議そうに真緒を見つめる奈千

「あぁ。

…でも、今お前に過去の記憶は無い
それは、俺もよく分かってる」

だから

「…奈千、またここから始めよう」

一瞬、悲しそうな目をした真緒

だけど

すぐに笑顔に戻って。

「…よろしく、奈千」

「…!」


どうしてだろう

何も、覚えてないはずなのに


…心の奥が、ざわついた


「…ま、おくん…?」

「真緒でいいよ。…何か、こそばゆい」

照れるように笑う真緒

「…っ、?!」


ーーーーズキン、


“奈千!”

何処かで、私を呼ぶ声がした

“お前、まーたこけたの?どんくせーなぁ”

私の頭をくしゃくしゃと撫でる大きな手

“もう、やめてってば!”

子供扱いされた自分はふくれっ面になって

でも…

ぱっと上を見上げると、

大好きな笑顔があって…


…あれ?

…なん、で…?

初めて、この人とこんなに話したはずなのに…


私、この笑顔を知ってる…?

「…ええと、まあ、そういう事…だから」

少し緊張しているのだろうか

真緒の口調もぎこちなかった

「…また、明日も来るよ。それじゃ」

この日、挨拶だけをして真緒は去ってしまった


…その夜

「…かんご、し、さん」

「どうしたの?」

「…わ、たし…わた、し…」

「…?」

看護師が振り返ると、奈千は涙をぽろぽろと零していた

「?!

奈千ちゃん、大丈夫?どこか痛い?」

看護師が慌てて奈千に駆け寄る

「ちが…っ、そう、じゃ、なく、て…!」

嗚咽混じりの奈千は看護師の服の裾をぎゅっと掴む

「…お話、聞いて、くれますか」

真緒の新たな一歩は

奈千に、大きな影響を与えた


「…そう、か」

同時刻

仕事が終わった英治は千尋と千尋が働くフロアにある休憩室で、待ち合わせをしていた

「…意識が戻ったのは良かったんだけど…やっぱり、なかなか難しいみたいで。

奈千ちゃん、思ったより記憶の戻りが悪いらしいの」

本当なら、もう徐々に記憶が戻り始めてもいい頃のはず

それなのに

奈千の記憶は、一欠片も戻ってはいなかった

「…真緒も、辛いだろうな」

「ずっと…一緒にいたんだよね?」

ずっとずっと、隣同士にいた真緒と奈千

この先も変わらず、二人は笑いあっていけるはずだった

「…奈千ちゃんのご両親も、そろそろ諦める頃かもしれねぇぞ」

英治は、薄々と奈千の両親の意向について感じ始めていた

「…っ、!!」

諦める

すなわち…

「…私、もう一度ご両親にちゃんとお話してくる!

このままじゃ…!」

ガタン!と席を立つ千尋

しかし…

「お前が口出すことじゃない」

「でも…!」

「千尋」

「…っ、!」

「…座れ」

英治は顔色一つ変えず、千尋を座らせた

「…真緒くんは、どうするの」

おずおずと切り出す千尋

「どうするって…あいつにはまだこれからがあるんだし。

言い方は悪いかもしれねーけど、これもいい機会だったんじゃねーの」


ーーパシンッッ!!


頬杖を付きながらそう語った英治の頬に

乾いた痛みが走った

「…何すんだよ」

「英治のばかっ!!

何でそんなことが言えるの?!真緒くんの事が、心配じゃないの?!

二人の事、大事じゃないの?!」

「大事だよ!!!!」


時刻は午後九時半

二人きりの休憩室に、英治の怒鳴り声が響いた

「…俺だって、どうにか出来るならしてやりたい

でも

今の医療にだって限界はあるし、何よりあいつらだけ特別扱い、する訳にはいかねーだろ」

「それは…!」

「…お前も、分かってんだろ?

身内だから、今まで以上に心配するのも分かる。

でもな、じゃあ他の患者はどうなるって話なんだよ」

「…っ、」

「お前が真緒の事も奈千ちゃんの事も、大事にしてくれてたのは俺もよく分かってる

それでも

変えられない、受け入れるしかない現実だってあるんだよ」

…急に怒鳴って悪かった

そう言って、目に涙を溜めた千尋の頭を英治は優しく撫でた

「…俺だって、何もしてない訳じゃない。

…昨日、真緒の所に行ったんだ」

「…真緒くんの?」

小さく頷く英治

「…あいつ、楓にキツく言われたらしくてな

楓もほんと…言葉足らずなんだよ」

そう言って、くしゃくしゃと髪をかきあげる

「…だから昨日、楓の所に真緒を連れて行ったんだ」

「…どうなったの?」

「…楓も、ちゃんと伝えたい事を伝えられたらしい。

真緒も、今日からちゃんと学校に行けてるって本人から連絡あったし」

「そう、なんだ…」

英治も、ちゃんと心配してくれてたんだね


「…叩いちゃって、ごめんなさい」


何も知らずに英治をぶってしまった事を反省する千尋

「…お前もう上がりだろ?

送ってく。今日は、帰ろうぜ」

「……うん」

前を歩く英治の白衣を掴み、俯きがちにその場を去った


〜♪

「…はい」

『あ、山本先生ですか?今、お時間宜しいでしょうか』

「なに」

『実は…』



「……っ!」

楓にかかってきたピッチは

奈千を担当している、看護師からの連絡だった

ーコンコン、

「失礼します」

淡々とした声で慣れたように病室のドアを開ける

「…今日は、よく、会いますね」

「…嫌だった?」

「全然。

あんまり人、来ない、から。
一人だと、少しだけ、寂しくて」

儚いその笑顔は、今にも消えてしまいそうだった


「…実は、奈千ちゃんにいくつか質問をさせてほしいんだけど…いいかな?」

「私に、ですか?」

「そう。君に」

「…いい、ですよ」

ニッコリ笑う奈千に安堵しつつ、楓は続けた


「…今日、誰かお見舞いに来たかい?」

「ええと…真緒く…真緒、という人が、来ました」

「…真緒くんが?」

まさか、昨日の今日で本当に立ち直ったのか…?

「はい。

彼…私の、幼馴染みって、言ってまし、た」

「幼馴染み…ね」

何か言いた気に、奈千が楓を見上げる

「…真緒、は…私の、幼馴染み、だったんですか?」

「…みたいだね」

楓の言葉を聞いて、くすりと笑う奈千

「…先生」

そして、続けた

「…私、過去、を…思い出し、たい」

「…!」

奈千が入院してから、一度も聞けなかったこの言葉は

楓に、大きな衝撃を与えた


「…真緒君のこと、かい?」

「…はい」

自分の幼馴染みと言って会いに来てくれたあの子

やっぱり、ちゃんと思い出してあげたい

「彼は…明日、また、来てくれるって、言いました

その時に…いっぱい、お話、聞こうかな、って」

奈千の笑顔に、色がつき始めていた
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