冷徹社長の容赦ないご愛執
 幻聴だと思いたかったけれど、その音は、私達以外の誰も居ない廊下にたしかに響いた。

 しかもそれは、私の前方から。

 すらりとした長身の彼の、おそらくオーダースーツと思われる気品あふれる背中が、ゆっくりとこちらを振り向いてきた。


「You have a belly like a raccoon dog,It is not helpful only for the taste」
<狸みたいな腹して、のさばるだけの役立たずが>


 ゆるりと口角を上げた社長の表情を初めて見た。

 不敵な笑みというのはまさにこんな表情をいうのだろう。


「な、なんだ? ドッグ? 犬がなんだって?」


 どうやら、“dog”の単語だけは聞き取れたらしい室長。

 だけど、あまりいいことを言われたわけではないことは悟ったらしく、通訳を急かすように私を睨んできた。
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