冷徹社長の容赦ないご愛執
「こっちこそ、いい店を紹介してもらった」

「気に入っていただけて、よかったです。
 それでは」


 「お疲れさまでした」と目礼をすると、少しだけ目を細めた社長の視線に引き止められた。


「佐織」


 私を見つめる瞳に唐突に心臓を掴まれ、そのまま不意に呼びつけられた名前に、胸が苦しくなるほどに強く叩かれた。

 ロングコートのポケットに両手を引っかけ、暗闇の中、外灯の明かりだけでも十分な存在感を醸す見目麗しき長身。


「これから、よろしく」


 今朝のおざなりな挨拶とはまったく違う“よろしく”に、社長の意外な一面パート5をカウントする。

 一緒に食事をしただけで、二歩も三歩も距離が縮まった気がする。


「は、はい……っ、こちらこそ、よろしくお願いします!」


 向こうの国では、ファーストネームで呼ぶのが一般的だ。

 だから、社長は他意なく私を呼んだにすぎない。

 でも、ここは日本だ。

 日本という郷に入ってきた社長が、郷に従い日本語で話しをするから、それが特別な呼び方に聞こえてしまったじゃないか。
< 68 / 337 >

この作品をシェア

pagetop