常務の愛娘の「田中さん」を探せ!
上條課長の顔が近づいてきたような気がして、亜湖はすんでのところで顔を逸らした。
そして、そのまま書類の方に向き直る。
「ほんとは眼鏡をかけた方がいいんですけど、なんか面倒で。コンタクトはドライアイが激しくて目の表面を傷つけるので、できなくて……」
検査の結果、亜湖が瞬きしたときの涙の分泌量は、普通の人の十分の一しかない。
なんだかそう言うと、彼女が血も涙もない人間のようだが。
そのとき、亜湖は、はっ、と気がついた。
上條課長の視力に問題がないのであれば、現在受けているもろもろのことは、セクハラにあたるのではなかろうか……?
……本店内のセクハラ対策は人事課の管轄で、担当者は確か蓉子だったはず。
亜湖は一刻も早くこの状況から脱するべく、書類と伝票を急いで片付けていく。
呑気な大地は、亜湖がそんなことを考えているとはつゆ知らず、綺麗な字だな、と思いながら、亜湖の頭上から書類を眺めていた。
結局、彼がすることは署名と捺印だけになりそうだ。