マドンナブルー
 その日学校で、美奈子の境遇を咲羅から聞きだした後の杜の行動はこうだった。

 彼は屋上から駆け降りると、自転車にまたがり校舎を飛び出した。そして、咲羅に教えられた及川の通う大学へと向かった。日ごろより、大学見学に訪れる高校生の出入りが頻繁なため、制服姿の杜でもいとも簡単に学内に侵入できた。彼は、学生たちに及川の居所をたずね回った。念のため、怪しまれないよう兄弟と偽った。そしてついに、及川を突き止めた。

 及川は講義を受講中だった。その教室に杜は忍び込んだ。近くの学生に及川をたずねると、指をさして教えてくれた。杜の焦点は一人の男に定まる。咲羅から知り得た情報と照らし合わせると、及川と特徴が合致した。

 次の瞬間、杜は及川に襲いかかり、かたくした拳を及川の顔面にめりこませた。その衝撃で及川の体は後ろに吹っ飛び、後列の机のふちに頭をぶつけて跳ね返った。講義は中断され、学生たちの悲鳴が響き渡った。

 跳ね返った及川の体は元の位置に戻っていた。あまりの突然のことに、状況が飲み込めない。鈍痛のする後頭部を確かめるように、及川は片手を頭に持っていった。顔面に受けた衝撃で、彼の両目は閉じられたままである。まぶしそうに、ゆっくりと目を開いていった。

 及川の視界に、見知らぬ少年が映り込んだ。

<誰だこいつ。最近妊娠したって言ってきたもんだから捨てた女と、同じ高校の制服を着ている・・・・・・。ということは、こいつは美奈子の新しい男か・・・・・・?>

 及川は、なかなか開ききらないまぶたをパチパチとしばたたかせ、もやのかかった頭で考えていた。やがて、彼の視界にいる少年の目がギラギラしだした。獲物をしとめようとする猛獣のような血なまぐささを、その少年から感じ取った及川は、自分がねずみのような小動物になった錯覚に、ふとおちいった。そのとたん言い知れぬ恐怖に襲われ、がたがたと体が震え、おもわず失禁してしまった。

 及川はビンテージ物のジーンズをはいていた。その色あせた股間部分がさっと濃い色に変わった。薄黄色の液体はイスの上に広がり、床にポタポタと滴り落ちていく。しかし及川は、羞恥を感じずにすんだ。なぜならその感情が起こる前に、彼の意識は途切れたからである。ふたたび顔面に走る衝撃とともに、まるでテレビの電源を切ったかのように、及川の世界はブツリと暗闇になった。

 杜は、たった二発のパンチで伸びた及川に対し、哀れむ気持ちになりかけた。しかし彼の及川に対する怒りはあまりに大きく、思いやる気持ちはすぐに消えた。杜は、ぐったりとしている及川の胸ぐらをつかんだ。そして、つかまないほうの拳を頭上に振り上げた。

 しかし次の瞬間、杜の体は吹っ飛んだ。その場に居合わせた、呆気にとられていた学生の一人が、暴漢な乱入者に向かい立ち上がったのだ。勇敢な学生に加勢する者は二人三人と増え、結局杜は、多くの学生から袋叩きにあった。

 警備員が止めに入ったときにはすでに、杜の人相は変わり果てていた。そのまま彼は連行され、通報を受けて到着したパトカーに引き渡された。
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