ダ・ル・マ・3・が・コ・ロ・シ・タ(下) 【結】
曲の終わりをメドに、そろそろ離れようかと腕を掴んだそのとき、まさかのアノ人が視界に入ってきた。
僕はわざと、再び手を背中に回してきつく抱きしめる。
「お前、こんな所で何やってんだ」
起伏のない声量に、彩矢香は驚きつつ立ち上がった。
「ぉ、お父様の……」
顧問弁護士。そう、僕のオトウサマだ。
「お前みたいな小者が、宝泉家のお嬢さんと抱き合うなんてな。身分をわきまえろ」
「…………」
「父はこちらです」
ふたりはICUに入り、僕も後に続いた。
呼んだのは母親らしい。命が危ないときの言付けを守ってのこと。
持っている鞄にはおそらく、宝泉賢矢の遺言書が入っているのだろう。
「峠を越えるまではここにいます。万一もしものことがあったら、すぐに遺言書を読み上げるよう遣わされておりますので」
——……。
弁護士の言葉が、さらに父親の死を具現化した。
マスコミ対策は万全。グループ全体をぐらつかせる暇も与えない、さすがは先見の明を欲しいままにした人だ。
財産は全て妻である香澄が相続し、グループの実権は娘の彩矢香が握る。
僕はそこに立ち会えないから、自分なりに予想をした。
かなりオッズの低い、もっと言えば出来レース。
面白くなる大穴は、元愛人だった大貫の母親への遺産相続だ。
家族がバラバラになりかねない重大な秘密だが、僕的には好都合。
そのぐらつきに隙が生じる。他人の僕が入りこむ隙が。
「フッ……」
どうしてやろうか。目の前のアノ人を。
このまま雇ってやってもいいし、すぐにクビを切ったっていい。
親父が視界に現れなければ、僕の目論見がこんなにもダダ漏れすることはなかった。
すべては計算。あのとき、彩矢香を抱かなかったのだってそう。
邪気などまったく無い紳士を演じるのは疲れる。