ダ・ル・マ・3・が・コ・ロ・シ・タ(下) 【結】



曲の終わりをメドに、そろそろ離れようかと腕を掴んだそのとき、まさかのアノ人が視界に入ってきた。

僕はわざと、再び手を背中に回してきつく抱きしめる。

「お前、こんな所で何やってんだ」

起伏のない声量に、彩矢香は驚きつつ立ち上がった。

「ぉ、お父様の……」

顧問弁護士。そう、僕のオトウサマだ。

「お前みたいな小者が、宝泉家のお嬢さんと抱き合うなんてな。身分をわきまえろ」

「…………」

「父はこちらです」

ふたりはICUに入り、僕も後に続いた。

呼んだのは母親らしい。命が危ないときの言付けを守ってのこと。

持っている鞄にはおそらく、宝泉賢矢の遺言書が入っているのだろう。

「峠を越えるまではここにいます。万一もしものことがあったら、すぐに遺言書を読み上げるよう遣わされておりますので」

——……。

弁護士の言葉が、さらに父親の死を具現化した。

マスコミ対策は万全。グループ全体をぐらつかせる暇も与えない、さすがは先見の明を欲しいままにした人だ。

財産は全て妻である香澄が相続し、グループの実権は娘の彩矢香が握る。

僕はそこに立ち会えないから、自分なりに予想をした。

かなりオッズの低い、もっと言えば出来レース。

面白くなる大穴は、元愛人だった大貫の母親への遺産相続だ。

家族がバラバラになりかねない重大な秘密だが、僕的には好都合。

そのぐらつきに隙が生じる。他人の僕が入りこむ隙が。

「フッ……」

どうしてやろうか。目の前のアノ人を。

このまま雇ってやってもいいし、すぐにクビを切ったっていい。

親父が視界に現れなければ、僕の目論見がこんなにもダダ漏れすることはなかった。

すべては計算。あのとき、彩矢香を抱かなかったのだってそう。

邪気などまったく無い紳士を演じるのは疲れる。




< 76 / 163 >

この作品をシェア

pagetop