ダ・ル・マ・3・が・コ・ロ・シ・タ(下) 【結】
目を覚ましたのは、訪問者を報せる鐘の音が聴こえたから。外は陽が落ちていた。
「ヤスか……」
おぼつかない脚で下に降り、カメラに映る彼の顔を確認して門扉を開ける。
「あれ? サヤは?」
まったく裏切らない第一声。
「父親が危篤で、病院にいる。今夜は僕とふたりだ」
来た意味が無いとごねる康文をなだめ、この豪邸の主を気取って招き入れた。
「ここがトイレな。で……風呂は?」
「いや、大丈夫」
「そっか。じゃ、教えなくてもいいな。あと、階段を上がってすぐ左にある部屋には絶対に近付くなよ!」
「なんで?」
「うーん……引きこもりの弟くんの部屋だから。いいな?」
「わ、わかった」
聖矢の食事も僕らのそれも、男が作る物だから質素で色が少ない。それは、会話も同じ。
——……。
昼間の出来事があるから、お互いに見えない壁があった。
これをあと8時間も継続するなど、苦痛以外の何物でもなく、無理して話題を引っ張りだす。
「お前、山の麒麟って言われてるんだろ?」
麒麟とは、中国神話に現れる伝説上の霊獣。
康文は去年の箱根駅伝で、歴史に残る走りをしてその異名がついた。
「1年も前の話だよ」
「次は何になる? 山の?」
「山の……神、とか?」
ほらね。やっぱり出てきた。
「過去にいるけどな!」
彼が伝説の麒麟なら、僕はどこの動物園にでもいるキリンだ。
午前3時のそのときを、首を長くして待っている。