鉄仮面女史の微笑みと涙
「302号室、ここだな」


加納の自宅の前に着き、インターホンを鳴らした
何秒かの沈黙の後、慌てたような感じで鍵を開ける音が聞こえて玄関が開いた
そこには、胸元を押さえている加納の姿
首元には手形の痕
加納が旦那に何をされていたのか明らかだった
加納は僕達を見ると、一瞬顔を崩して柳沢に手を伸ばした
柳沢も加納をしっかりと受け止め、一瞬抱きしめたように見えた
そして加納は気を失った
僕達は他の住民に見られる前に、一旦加納の家に入ることにした
一歩家に入ると、生ゴミの異臭
ゴミや服、空き缶やペットボトルが部屋の中に散乱していた
リビングに入り、うめき声が聞こえる部屋の中を見ると、股間を押さえながらベッドの上で転げまわっている男がいた
僕はこの情けない姿の男を見てため息をついて加納の側を離れようとしない柳沢に言った


「柳沢、名刺持ってるか?」
「あ?ああ、これに入ってる」


柳沢は名刺ケースを投げてよこした
僕は柳沢の名刺を取り出し、スマホの音声録音をオンにした
そして、まだ転げまわっている男の肩をグイッと掴み、おい、と言った


「なんだ、あんたは。誰だ、勝手に人の家に入ってきて、何のつもりだ!」


顔色真っ青で額に脂汗を垂らしながらでも元気なことで……


「申し遅れました。F社海外事業部部長の皆川です。部下の加納課長に用事があって参りましたが、このような状況に驚いているところです。あんたこそ、自分のカミさんに何をした?」
「F社?あいつの上司だか何だか知らないが、僕が自分の妻に何をしようがあんたには関係ないだろうが」

「我が社の前から連れ去り、無理やり乱暴しようとしたくせに?」
「あ?それの何が悪い?あいつは僕の妻だ。何をやっても文句は言わせない!僕の言う通りにしてればいいんだよ!」
「知ってるか?夫婦間でも合意がなければ、レイプになるんだぞ」
「え?」



僕はこの旦那の前にスマホを突きつけ、音声録音をオフにした


「しっかり録音させてもらったよ加納さん。おかげであんたがカミさんのことをどう思ってるのかを録音できたよ」
「録音?一体なんのことだ……」


この馬鹿旦那でも少しだけ状況が分かったようだ
ますます顔色が悪くなってきた
僕は柳沢の名刺を馬鹿旦那の前に差し出した


「あんたのカミさん、加納課長はこの弁護士にあんたとの離婚手続きの依頼してる。だから、これから加納課長と連絡取りたい時は、この弁護士に連絡するように。間違っても直接加納課長と連絡取ろうと思うな。もしそんなことしたら、ストーカー行為で警察に突き出すぞ」
「弁護士って……嘘じゃなかったのか……?」
「そうだ。分かったか?N銀行総務部庶務課の加納さん」
「何でそれを……」


馬鹿旦那は口をアワアワさせている
大丈夫かよ?こいつ……


「そうそう。我が社の吉田社長、N銀行の人事担当役員の三重野さんとお知り合いらしい。もし今度うちの大事な社員の加納海青に怪しいことしてみろ。どうなるか分かってるだろうな?」


馬鹿旦那は凄い勢いで頷いている
もうこれくらいでいいだろう
僕は、馬鹿旦那にお邪魔しましたと言って加納の側を離れない柳沢に声をかけた


「行こう、柳沢」
「ああ……」
「まだ気が付かないのか?」
「皆川悪い、彼女のスーツケースとカバン頼んでもいいか?」
「いいけど……」


僕が答えるや否や、柳沢は加納に自分の上着を着せて、抱き上げ歩いて行く
僕は小さく息を吐いて、加納のスーツケースとカバンを持って柳沢の後を着いて行った
加納を車に乗せると、柳沢はどこかに電話をかけた
電話が終わると車を出発させた


「加納さん、病院に連れて行くから。首と手首に痕が残ってる。診断書があった方がDVの証拠になるから」
「いいけど、知ってる病院か?」
「ああ、妹の病院だから。理由を説明したらすぐに連れて来いって怒鳴られた」
「できればこのまま休ませてあげたいけど」
「そうだな。目覚めたら加納さんにとって辛い現実が待ってる」
「え?」
「彼女が旅行に行ってる間にあの旦那の身辺調査の結果が届いた」
「そうか……」


気を失ったままの加納を見てため息をついた
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