揺蕩うもの
ファミレスに入った紗綾樺さんは、昨日と同じくクラブハウスサンドイッチとオニオングラタンスープを注文した。確かに、僕の財布には優しかったが、なんだか僕は好きな人に窮屈な思いをさせているような肩身の狭い気分になった。
「あの、デザートとか、スイーツもいかがですか?」
僕は、女性が好きそうな色とりどりのデザートの写真で埋め尽くされたメニューを紗綾樺さんに手渡そうとした。
「大丈夫です。どれを食べたらいいかわからないので」
紗綾樺さんの返事は、女の子の返事というよりも、男子の返事のようだった。
「甘いもの、お嫌いですか?」
「そういうわけじゃないんです。ただ、どれを食べたらいいのかわからないんです。いつもは、兄が適当に頼んでくれるので」
こんなところまでお兄さん任せなんだ。
「写真を見たら、ピンと来ませんか?」
「ピンとですか?」
紗綾樺さんは、首を傾げながら、メニューを受け取った。
そして、見ている方がおかしくなるくらい真剣にメニューの写真を見つめ続けた。
結局、ウェイトレスがスープを運んでくるまで、じっとメニューを見つめ続けたものの、紗綾樺さんは首を横に振ってメニューを片付けてしまった。
「いただきます」
紗綾樺さんはオーブンから出てきたばっかりのスープに嬉しそうに取り掛かった。
伸びるチーズを器用にスプーンで手繰り、紗綾樺さんは幸せそうにスープを平らげた。そして、運ばれてきたサンドイッチに取り掛かる様子は、まるで子供ように可愛かった。
「お兄さん、心配していらっしゃいますね」
ふと壁の時計が目に入り、僕は思わず口にした。
「きっと、またスマホで居場所を調べてますよね」
僕は口にしてから一瞬で青ざめた。
そうだ、あのカラオケの場所は位置情報に正しく表示されていたのだろうか?
もし、裏のいかがわしい場所が表示されていたら大変なことになる。なんてバカだったんだ、あのカラオケを選んだときは紗綾樺さんのお兄さんが居場所を調べることをすっかり忘れていたなんて。痛恨のミスだ!
頭を抱えなくなりながらも、僕は必死で言い訳を考えた。
☆☆☆
車の停まる音に、俺は玄関の扉を開け放したまま階段を駆け降りた。
いつもさやに怒られることだが、夜中の住宅街に安いつっかけサンダルが金属を叩く音がこだまする。
もちろん、近所迷惑だと言うことは分かっているし、夜間の騒音はある種の犯罪になることも知っている。だが、今日だけはそんな事を気にしている場合じゃない。
警察官という公職についている公僕でありながら、一般市民に権力を振りかざして私利私欲を満たし、あまつさえ、か弱い女性にふしだらなことをする奴を捨て置くわけには行かない。
車から降り、今にもいつもの小言を言おうとするさやの無事を確認すると、俺は遅れて車から降りてきた奴を睨みつけた。
「ただいま」
俺を心配させない為なのか、さやは何もなかったように笑って見せた。この笑顔を踏みにじるような奴を俺は生かしておけない。
ぎゅっと拳を握り締めると奴を見据えた。
「車を寄せて停めて、エンジンを切ってください。ここは住宅街で、近所に迷惑ですから」
奴は俺の言葉に素直に従った。しかし、さやは何かを悟ったのか、不信感を露わにして俺のことを見つめた。
「立ち話も何ですから、あがってください」
俺の言葉にさやは驚いて俺の腕を掴んだ。
「お兄ちゃん」
「さや、先に部屋に戻ってなさい」
何時になく厳しい俺の声に、さやは何も言わず従った。
アパートの敷地内に車を停めた奴が降りてくると、俺は『どうぞ』と二階の部屋を指し示し奴を前に階段を上がった。
相手が警察官だろうが、さやを弄んだことを後悔させてやる!
俺は無意識に指の間接を鳴らして相手を威嚇した。
「失礼いたします」
後ろから来る俺に一礼すると奴は敷居をまたいだ。
「狭いところですいません」
さやは申し訳無さそうに言うと、部屋が狭すぎてどこが上座とハッキリ判断できないものの、一応上座と言える玄関から一番遠い部屋の奥側の席を奴に勧めた。しかし、奴は逃げやすいとも言える玄関に一番近い下座に腰を下ろした。
「お茶、これでいい?」
さやが心配げに訊くので、俺はさやを座らせて自分でお茶の用意をした。
「あの、デザートとか、スイーツもいかがですか?」
僕は、女性が好きそうな色とりどりのデザートの写真で埋め尽くされたメニューを紗綾樺さんに手渡そうとした。
「大丈夫です。どれを食べたらいいかわからないので」
紗綾樺さんの返事は、女の子の返事というよりも、男子の返事のようだった。
「甘いもの、お嫌いですか?」
「そういうわけじゃないんです。ただ、どれを食べたらいいのかわからないんです。いつもは、兄が適当に頼んでくれるので」
こんなところまでお兄さん任せなんだ。
「写真を見たら、ピンと来ませんか?」
「ピンとですか?」
紗綾樺さんは、首を傾げながら、メニューを受け取った。
そして、見ている方がおかしくなるくらい真剣にメニューの写真を見つめ続けた。
結局、ウェイトレスがスープを運んでくるまで、じっとメニューを見つめ続けたものの、紗綾樺さんは首を横に振ってメニューを片付けてしまった。
「いただきます」
紗綾樺さんはオーブンから出てきたばっかりのスープに嬉しそうに取り掛かった。
伸びるチーズを器用にスプーンで手繰り、紗綾樺さんは幸せそうにスープを平らげた。そして、運ばれてきたサンドイッチに取り掛かる様子は、まるで子供ように可愛かった。
「お兄さん、心配していらっしゃいますね」
ふと壁の時計が目に入り、僕は思わず口にした。
「きっと、またスマホで居場所を調べてますよね」
僕は口にしてから一瞬で青ざめた。
そうだ、あのカラオケの場所は位置情報に正しく表示されていたのだろうか?
もし、裏のいかがわしい場所が表示されていたら大変なことになる。なんてバカだったんだ、あのカラオケを選んだときは紗綾樺さんのお兄さんが居場所を調べることをすっかり忘れていたなんて。痛恨のミスだ!
頭を抱えなくなりながらも、僕は必死で言い訳を考えた。
☆☆☆
車の停まる音に、俺は玄関の扉を開け放したまま階段を駆け降りた。
いつもさやに怒られることだが、夜中の住宅街に安いつっかけサンダルが金属を叩く音がこだまする。
もちろん、近所迷惑だと言うことは分かっているし、夜間の騒音はある種の犯罪になることも知っている。だが、今日だけはそんな事を気にしている場合じゃない。
警察官という公職についている公僕でありながら、一般市民に権力を振りかざして私利私欲を満たし、あまつさえ、か弱い女性にふしだらなことをする奴を捨て置くわけには行かない。
車から降り、今にもいつもの小言を言おうとするさやの無事を確認すると、俺は遅れて車から降りてきた奴を睨みつけた。
「ただいま」
俺を心配させない為なのか、さやは何もなかったように笑って見せた。この笑顔を踏みにじるような奴を俺は生かしておけない。
ぎゅっと拳を握り締めると奴を見据えた。
「車を寄せて停めて、エンジンを切ってください。ここは住宅街で、近所に迷惑ですから」
奴は俺の言葉に素直に従った。しかし、さやは何かを悟ったのか、不信感を露わにして俺のことを見つめた。
「立ち話も何ですから、あがってください」
俺の言葉にさやは驚いて俺の腕を掴んだ。
「お兄ちゃん」
「さや、先に部屋に戻ってなさい」
何時になく厳しい俺の声に、さやは何も言わず従った。
アパートの敷地内に車を停めた奴が降りてくると、俺は『どうぞ』と二階の部屋を指し示し奴を前に階段を上がった。
相手が警察官だろうが、さやを弄んだことを後悔させてやる!
俺は無意識に指の間接を鳴らして相手を威嚇した。
「失礼いたします」
後ろから来る俺に一礼すると奴は敷居をまたいだ。
「狭いところですいません」
さやは申し訳無さそうに言うと、部屋が狭すぎてどこが上座とハッキリ判断できないものの、一応上座と言える玄関から一番遠い部屋の奥側の席を奴に勧めた。しかし、奴は逃げやすいとも言える玄関に一番近い下座に腰を下ろした。
「お茶、これでいい?」
さやが心配げに訊くので、俺はさやを座らせて自分でお茶の用意をした。