【短編集】もうひとつの物語
――キーンコーンカーンコーン
「よしっ、じゃあ杏奈、また明日!」
「あっ、うん。部活、頑張ってね」
「おう、じゃーなっ」
チャイムと同時に、教室を飛び出した男の子。
たくさんの荷物を持ってるのに、あんなに走っちゃって、転んだりしないのかな?
明るくて、無邪気で、どこまでもまっすぐな男の子。
そして......私の、好きな人。
「...やっぱり、名前、憶えてくれてる」
些細なことだけど、私にとってはとても大きなことで。
ついつい頬が緩むのは、仕方ないよね?
私の好きな人―――佐伯佑真(さえき ゆうま)くん。
男子バスケ部の期待の一年生で、中学生の時には、雑誌に載ったこともあるらしくて。
あと一ヶ月後に迫った夏の大会―――インターハイ予選に向けて、毎日努力を重ねている、佑真くん。
そんな佑真くんだけど、やっぱり、同じ高校一年生だな...って思えるところがある。
―――佑真くんにも、好きな人がいる。
ソレを知ったのは、佑真くんと出会ったその当日。
すぐにわかったよ。
あんなに、優しい瞳で、愛しそうに名前を呼ぶんだもん。
佑真くんは、中学一年生のころに、その人に恋をした。
......と、教えてくれた。
私は、佑真くんと出逢ったその日に、佑真くんに恋に落ちてしまった。
それなのに、彼に好きな人がいると知ってしまったなんて、不運すぎるよ。
はじめての、恋だったのに。
でも、仕方ないよね。
「......宮野 ( みやの ) 先輩、ステキだもん」
佑真くんの好きな人は、一つ上の、優しい雰囲気をまとう、可愛らしい先輩。
女の私でさえ、宮野先輩のふわりとした笑顔には癒されるもん。
宮野先輩には、敵わないよ。