君の涙を拭いていいのは、僕だけ。【短編集】
自分でも驚いた。あの人を呼び止めた自分に。
「あんたは、学人さんは、フラれて当然じゃないですか。自分が彼女、彩香にしたことわかってます?」
「え、ちょっと」
慌てて彩香が僕の袖を引く。
「ごめんな、彩香。俺、幸せにできなくて。」
「そうじゃないだろ。彼女は、あんたが、本気で好きだったんだ。それなのに、それなのに」
「もういいの!本当にもういいから。」
「彩香。俺、彩香以外にも、あいつも大事なんだ。だから、俺は彩香だけを選ぶことなんてできない。」
あの人は、立ち止まって、ちゃんと彩香の目を見て言った。
「学人さん、わかってた。わかってたの。私は大丈夫だから。」
彼女は痛々しい笑顔をあの人に贈る。
その表情が、あの人に贈る最後のものであるように祈る。
「彩香、幸せになって。じゃあ」
あの人は背を向けて歩いて行った。
「さようなら、大好きでした。」
彼女はその背中に向かって小さくもう一度つぶやいた。