君の涙を拭いていいのは、僕だけ。【短編集】
「航!」
彼女が僕を見つめる。
彼女の涙が、流れ落ちる。
僕は彼女を抱きしめる。
涙が地面を濡らさないよう、自分の胸に彼女の顔を押し付ける。
彼女が何か言っているけど、聞こえないふりをした。
彼女の頭と僕の手のひらで、ゆっくり、一定のリズムを刻む。
「航、ねえ、まだ間に合う?私のこと、まだ好き?」
彼女は涙が乾かない顔で見上げた。
「僕が、どんなに彩香のことを好きか知らないでしょ?」
「わかるわけないやん。」
「これから、僕のこと、僕がどんなに彩香のことを好きか知って?」
腕に力を込める。
彩香が苦しくないように気を付けながら。
ぎゅ・・・
彩香が僕の体に回した腕に力を入れた。
「こんな私だけど、これからも好きでいてくれる?」
「彩香が、好きになってくれるようにがんばるから。今はまだ、あの人のこと忘れなくてもいいから。だからどんなことででも泣きたくなったら僕のところで泣いて。楽しかったことや面白かったことは思いっきり笑って。」
僕は、あの人よりも彩香の幸せを強く願うから。祈るから。
「私ね、気付いたんだ。航が、あの、その、キスしてきた日。」
彼女は思い出しているのか、恥ずかしそうに言った。