王族の婚姻をなんだと思っていますか!
「こんにちは、レオノラ姫。お加減はいかがですか? もう、起き上がっても問題はないのでしょうか」

あの夜の険しさはない。落ち着いた優しい声音で王弟殿下は微笑む。

「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。私のようなものにも、お気遣いありがとうございます」

ドレスの裾を少し上げて一礼すると、彼はツカツカと近づいてきて、私の目の前で片ひざをついたから、目を丸くした。


え……と。これはどういうことかな?


王族が、ただの候爵家の娘の前で膝をつくなんて。

驚いて父上を見ると、苦虫を噛み潰したようなしかめ面をしてる。

父上、父上、どういうこと?

だけど、父上はなにも言わず、殿下が私の右手を取った。

「え……あの? 殿下?」

戸惑っているうちに、彼は私の右手の甲に口づけを落として微笑み、顔を上げる。

深い海を思わせるような瞳が、真っ直ぐ私に向けられた。

「ウォルフレード・ノート・フォン・セレスティアと申します。どうぞ、姫はウォルとお呼びください」

なにを言ってるんだろう。そう思ったのは一瞬だった。

一応、候爵家の娘だもん、当たり前に王族の名前は知っている。

だから王弟殿下のフルネームくらい知ってた。


いや、それは今は問題ない。問題は、フルネームは普段名乗らないってこと。

私だって普段はフルネームを名乗らない。

セレスティアで名前をフルネームで相手に告げること、なおかつ愛称までを異性に呼ばせる……イコール、それは求婚以外あり得ない。
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