私の上司はご近所さん

「いえ、大丈夫です。あの、私、走って帰ります」

会社から品川駅まで徒歩五分。走れば三分ほどで駅にたどり着く。雨も本降りではないし、多少濡れるくらいで済むだろう。

部長と一緒に帰れると喜んだのも束の間、しょんぼりと肩を落とした。

雨粒が落ちてくる灰色がかった空を再び見上げると、覚悟を決めて足を一歩踏み出そうとした。しかし私の動きよりも早く、部長が前に立ちはだかる。こんな風に行く先を塞がれてしまっては走ることはおろか、駅に向かうことすらできない。

「あの、部長?」

戸惑いながら目の前の部長を見つめれば、瞳を細めた彼がクスリと笑った。

「遠くの親戚より近くの他人、だろ?」

部長と私はご近所さん。たしかに今の私には、傘を持っている部長が一番頼りになる。それに、やっぱり部長と一緒に帰りたい。

「それじゃあ、お言葉に甘えて……失礼します」

小さく頭を下げると、部長が差し出す傘に遠慮がちに入った。

「行こうか」

「はい」

私の右側に回り込んだ部長と駅に向かって歩き出す。

「これからは私も置き傘をするようにします」

「そうした方がいい」

「はい」

< 129 / 200 >

この作品をシェア

pagetop