私の上司はご近所さん

ファイルの中に入っていたのは、先ほど終わらせたばかりのプレスリリースの下書き。原稿には修正箇所に赤字が引かれ、付箋が貼られている。

原稿を提出してからまだ一時間も経っていないのに、もうチェックしたんだ……。

部長の仕事の早さに驚きながら、今度は付箋の内容を確認した。

「あっ……」

短く声をあげてしまったのは【土曜日はごちそうさま。おいしかった】と付箋に書かれていたから。

顔を上げると部長と目が合う。彼は私を見つめながら長い人差し指を口もとにあてると「シー」というポーズを短く作った。

部長がウチに来たことを広報部のメンバーに知られたら、土曜日のことを一から説明するのは面倒くさい。

小さく頭を下げると、そそくさと自分のデスクに戻る。そしてお礼が書かれた付箋を急いで剥がすと、ポケットにそっとしまった。

仕事中にもかかわらず、部長と秘密のやり取りをしてしまったことが恥ずかしい。ドキドキと音を立てる鼓動を鎮めるために姿勢を正すとパソコンに向かう。それでも一度高ぶった感情はなかなかもとには戻らなかった。

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