私の上司はご近所さん

「い、いいえ。あの、部長。行ってらっしゃい」

熱が集まり出した顔を隠すために、頭をペコリと下げる。

「ああ。行ってきます」

顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、口もとを緩めて笑みを浮かべている部長の姿。爽やかすぎるその笑顔がまぶしくて、再び頬が火照り始めてしまった。

ビジネスバッグを手にした部長が広報部を後にすると、静かだったオフィスが急に騒がしくなる。

「ねえ、ねえ。部長の『行ってきます』の笑顔、ヤバくなかった?」

「はい。思わず胸がキュンとなりました」

デスクが向かい合っている入社十年目の白井さんと後輩の佐藤さんが意気投合しているのを聞きながら、自分のデスクに戻る。

「部長の笑顔、初めて見たんだけどっ!」

「私もです! あれは反則ですよねぇ」

彼女たちが興奮してしまうのも、仕方がない。だって部長の笑顔を何度も見ている私でさえ、『行ってきます』のセリフつきの笑顔は素敵だったと思うのだから……。

「はい、はい。藤岡くんの話はおしまいにして仕事に集中してちょうだい」

「は~い」

主任の注意を受けた白井さんと佐藤さんが返事をすると、オフィスが静かになった。

忙しいのにもかかわらず、ひと言も文句を口にすることなく、業務外ともとらえられる出来事に素早く対処した部長を尊敬しつつ、報告書の作成を再開させた。

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