棘を包む優しい君に
1.変な女
 オヤジは派遣会社を経営している。
 だから息子の俺は次期社長だ。

 針谷健吾。23歳。
 今は副社長をしている。

 勉強はもういいと言われて今年から会社にきている。

 望む望まないに関わらず生まれ持っていたモノ。
 経営者の息子という肩書。
 ハーフの物珍しい外見。

 そのせいか言い寄ってくる女は数知れずいたが、そんなものに興味はなかった。

 見せかけだけに囚われるような奴は底が知れている。

 閉鎖的なビルの窓を開ければ息が詰まりそうになる錯覚から解き放たれた。
 春の風が心地よく頬を撫でる。

「坊ちゃん。
 会社の窓は開けない約束ですよ。」

「……分かってるさ。
 ちょっと外の空気が吸いたかっただけだ。」

 自由にはなれない。
 望んでいなくとも生まれ持った宿命からは逃げられないのだから。

 自由になりたい望みは永久に叶えられないことは十分理解していた。



 オヤジの人材派遣会社は不況の煽りを受けて急成長を遂げた。

 企業とは勝手なものだ。

 正社員を雇うとクビにするのには、お金も、多少の労力もいる。
 だが、派遣は契約を打ち切るだけ。
 それによって退職金が発生するわけでもない。

 働く側としては正社員にはなかなかなれないのだから不安定な派遣社員になるよりない。
 そして潤うところばかりが潤って本当に必要なところは干上がっているだろう。

 人の世は無情だ。

 こんな世の中だからこそオヤジの会社は大きくなれたのだし、不況で企業も生き残りに必死なのだから仕方がないことだと他人事に思う俺は恵まれた立場だ。

 恵まれているんだ………。
 何から?何に比べて?

 ふとした時に沸き上がる気持ちを清算する術を知らなかった。
 いや。清算する術など存在しないのだ。






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