棘を包む優しい君に
 立ち上がって近づいてきた朱莉が、そっと額の汗をハンカチで押さえ始めた。
 思いのほか、気持ちよくて目を閉じる。

 ひとしきり拭かれた後、頬に優しく何かが触れて「え?」と目を開けた。
 開けた先にいた朱莉はすぐ近くにいて「あ、あのすみません」と赤い顔で謝られた。

 赤い顔をした朱莉のぷっくりした唇……。

 衝動的に朱莉を抱き寄せて、そのぷっくりした唇に自分の唇を重ね合わせた。
 柔らかい唇の隙間から朱莉の吐息が漏れて、自分のではない朱莉の味がする。

 味がするなんて、いやらしくて艶かしくて、それなのにもう一度、その味を確かめたくて今度は唇の隙間から舌を割り込ませた。
 熱を絡め取るように、唇の隙間から漏れる吐息ごと全てを絡め取れるように。

 獣に支配されそうな衝動をどうにか鎮めると体を離して「ごめん」と呟いた。
 いくら記憶を消すからって衝動に身を任せ過ぎだよな。

 顔を背けて冷静になろうと何度か息を吐く。
 長く細く出す息に、もうこいつとも話すことさえできなくなるのかと寂しさが訪れかけていた。

 不意に離したはずの体がもう一度くっついてきて目を丸くする。

「今のって……キス…なんですか?」

 さっきよりも熱を持った朱莉の体に衝動を呼び戻しそうになる。

「……馬鹿。どういう質問だよ。」

「だって……あの…初めてで。」

 な………。
 まずかった。失敗した。

「悪い。したことないとは思わなくて。
 初めてなのに……悪いことした。」

 まだ胸元にある朱莉の頭を撫でる。
 柔らかな髪に無性に手を絡めたくなって髪に手を通した。

 記憶を消す奴なのに求めそうになる心を誤魔化すように髪を梳かす。
 それなのに余計に滅茶苦茶にしたい気持ちが押し寄せてくる。



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