ウラオモテ
 ホームルームは馬場先生が急遽取り仕切った。ちらちらと先生の視線が私にも飛んできているのがわかった。私はすっかり何事もなかったような顔をして、隣の席を気にしていた。あともう一人、斜め前から視線が何度か飛んできていた。麻由だった。
 ホームルームが終わって、私が鞄の荷物を取り出して机のなかにしまっていると、やはり麻由がやってきた。
「マコちゃん、あれ先生どうしたん……?」
 麻由は向かいにしゃがんで、腕と頭だけを机の上にのせる。「凄かったよね」私は肩をすくめる。
「凄かったって、自分のことじゃん。真琴大丈夫だったん? 背中とか埃だらけだし」
 後ろから双葉もやってきて、私の背中を払う。遠慮なく、払うというか叩いているみたいに。双葉はそのまま、空いている美果の席に座って短い脚を組んだ。
「何か色々噂になってるよ、真琴」
 双葉はそこかしこに情報網を持っている。B組、吹奏楽部、生徒会、美術同好会に職員室。だから噂を耳にするのも、スルーするのにも慣れている。けれど、今回ばかりは気になるらしい。
「期末、一位落としたって本当なん?」
「ホント」
「マジか!」
 またその反応かよ。
「珍しいなー、てか初めてちゃうん?」
「あー、うん。初陥落」
 平静を保つ。本当のことを言う気はない。
「それでさやかたち騒いでたわけか、うん、納得納得」
 昨日の小野寺を思い出す。
「松沢一位だったんだってな、昨日めっちゃ言われたわ、当の小野寺から」
 あのキンキン声が耳にこびりついているみたいで、少し私は顔をしかめる。
「あの後も言いふらしてたよ……ほんま、こういう話好きよねぇ」
 麻由も散々聞かされたらしい。うんざりした口調。昨日来ていた吹奏楽の人たちには一通り知らされているのかもしれない。
「それなー。ウチも妹から聞いたし」
 双葉まで呆れ返っているようだった。
けれど双葉の妹が知っているなんて、ちょっと聞き捨てならない。
「一年まで広まってるわけ?」
 彩にまで言いふらしていたらしい。変な嫌味まで言われてなければ良いけれど。彩にはあまり悪い印象を持たれたくない。
 今朝の部活のことを思い返してみる。彩はいつもと変わらない様子で、ちゃんとフルートのパート錬に来ていた。薫も。美果はいつもいないけど、あの二人だっていつもと変わったことは無かった。私のテストの話はついに出なかったのだけど、彼女たちなりの気配りだったのだろうか。
「学校中の大ニュース、ってなってるみたい。……で」
 はぁ、とまた私はため息。
「で?」
 聞き返すと、双葉がぐい、と身を乗り出してくる。目は真剣そのものに見える。
「何位だったん?」
「え、知らない」正直に答える。何位なのか興味もわかない。
「は? 真琴が知らない?」
 双葉の声が少し裏返った。
「てか得点分布わかっただけじゃん。四五〇以上が松沢一人だからあいつが一位ってわかってるだけで」
 言い返す。むしろ今、順位がわかるほうがおかしいはずなのだ。何点以上何点未満に何人、の得点分布だけ公表されただけで、当の順位は、本人が先生に聞きに行かないと教えてくれない。
「いや、ウチら集計してるから」
「……もうやったの?」
 うげ、そうだった。
 毎回、双葉たち上位組はだいたいの順位を割り出して競い合っているんだった、と今さら思い出す。上位組は、それこそ松沢以外だいたい仲が良い。
「うん。上位五人まで判明。たぶん六位が美果ちゃんのはずなんだけど」
「あー……」だいたい、ばれた気がしてくる。
「でもこの人、四〇〇とれないでしょ」
 麻由がすかさずツッコむ。美果のことを小馬鹿にしているようで不愉快だけど一応スルー。まあ事実だし。
「そうなんよ、四〇〇以上がそもそも五人だから。今回少なすぎー、って寒川先生嘆いてたし、美果ちゃん三九七だったっぽい。三九〇台は三人いるから六位確定ってわけじゃないけどさ」
「え、双葉待って。もしかしてその上位五人にもマコちゃんいなかったわけ?」
 至極真っ当な分析だった。私が成績一位を落とすだけなら、きっとまだ自然だったんだろう。でも美果にまで順位を抜かれるのなんて、私たちを良く知ってる二人にとってあまりに奇異にうつるに違いない。下剋上もここに極まる、なんて思われても仕方ない。
「うん、だからおかしいなーって」
「だからカンニングの噂もあったんだー……」
 ふぇー、と麻由は独特の反応をしてそう呟く。
「は? カンニング?」
 突拍子も無い言葉に、私は思わず口を挟んでしまう。どうもおかしな噂になっているようだった。でもそうなるとすると、上位組のなかにカンニング説を言い出した誰かがいることになる。呆れた連中。
「でも分布は四九人ぶん、全部あるわけなんよ。カンニングしたらそもそもカウントされないはずだから、そういうわけでもない。集計漏れ、ってわけでもない。……テスト返されてる雰囲気からして、何か真琴違うなーって私は思ってたんだけど」
 私は双葉に両手を上げて見せた。降参。
「気づくよね、まぁ」
「うん」双葉は当たり前じゃん、と鼻で笑う。
「最近の真琴、変だし別に流してたんだけど」
「変って、双葉手厳しい」
いつもと様子が違うんだろうな、くらいには見られていると自覚はある。
「昨日、相談室から真琴出てきたとかいう話もあってさ」
「それはホント。みんな見てるなぁ」あっさり肯定してあげる。
「……何やらかしたん?」
「あははー、なんてことないさー」
 笑って受け流す。学校中で見張られている気がしてきた。どこで誰が見ているか知れたものじゃない。
「そんなのだと噂だけ一人歩きしてっちゃうよ、さっきの怒鳴り声だってみんな聞こえてるんだから」
 結局何も言わない私に対する警告。
「そうよなぁ……こんななるとか思ってなかったわー……」
「何したかわからないから、何も言えないけどさ」
「何」これ以上はごめんだ。
「あんまり無茶したら……。趣味もほどほどにしなよ」
 ――何? 今度は趣味の話? テストの成績と何の関係もないのに。いや、何も私が言わないからこそ、変な尾ひれがついて回るのか。でも、今回の成績を美果のせいにされるのなんて論外すぎる。
 うんうん、と麻由が双葉に同調する。
「私ら友達だし、マコちゃんのこと心配なんだから」
 聞こえだけは良い言葉。友達、だなんて。きっとこれは美果へのあてつけだ。勢い、麻由が続ける。
「変な趣味ばっかりじゃなくて、たまにはウチらとも話そう?」
 私は麻由を睨みつける。
「変な趣味って」
「はっきり言うけど、真琴と美果ちゃんの趣味悪すぎ」
 双葉までが私たちを否定してくる。美果には面と向かって言わないくせして、私には好き放題言えるらしい。私だってこの人たちに合わせてなんかいられないっていうのに。
「はあ? そんなの私らの勝手じゃない?」
 反論。言葉が荒くなる。取り繕う気にもならない。
「だってマコちゃん、あの人とグロいことばっかり話してるじゃん。だんだんおかしくなってきてる……」
「麻由も前までグロ好きだったじゃん」そのはずだった。なのにいつの間にか、気味悪がるようになったのが、私たちの不思議だ。
「だから言ってるん」
 だからって何よ。裏切者。
「落ち着けー。まあ、言い合いしても仕方ないし。ウチらはちゃんと真琴たち戻ってくるの待ってるぞー。変に反発してても首しめるだけだぞー」
 双葉は冗談めかして、ヒートアップしそうな私たちを止めた。はぁ、と一呼吸。私だって喧嘩ばかりは嫌だ。
 双葉の言うことが正論なのはわかっている。けれど。だからって私は自分の趣味がやめられるものだとも思えない。
 でも、二人が心配してくれているのも確かだった。私は固くなった表情を崩した。
「マコちゃんもこっちおいで? な?」
 私に、すがるように言う麻由。麻由のほうが私たちから出て行ったんじゃん、と、喉元まで言葉が出かかったけれど、それを呑み込んだ。
「……ありがと、二人とも」私は結局、美果のほうだけに踏み込めない。麻由と決別することもできない。
 美果がいないときにしか、そんなことは思えそうにもないけど。
 ぽん、と小さな手が私の肩にのせられる。
「ま、頑張れ」
 にや、と、双葉らしい、少しキメたような笑みだった。「ん」私も同じように小さく首を縦に振った。
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