夢うつつ
prologue

 時折夢を見て思い出す。
「いやっ。ちい姫はじゅあにいちゃまといっしょいるの!!」
 泣きじゃくる幼子がそこにいた。
「ちい姫、言うこと聞いて。じゅあにいちゃまだけ戻らなきゃいけないから」
「いやっ」
 幼子は頑なに首を縦に振らなかった。
「あんたはんが父御代わりになりや」
 そう女性が言う。
「え?」
「この子にとって父御はあんたはんや。こない懐いとるの引き離すのは酷やで?」
 優しい言葉だった。
「なぁ、あんたはん。樹杏とこの子、一緒にしておく事できへんやろか」
 女性は己の隣にいる男に声をかけていた。
「お前はもう決めとるんやろ?それでええやろ」
 男がため息混じりにそう言うと、女性は優しく幼子の頭を撫でていた。
「兄はんと一緒がええか?」
 初めて幼子は頷いていた。
「さよか。せやったら、樹杏、国外へ行きや。一つ役職作っておくさかい。この子の世話するのも必要やろから、あっちで世話しとったの一人連れて行き。残りはこっちで職つけるさかいな」
「咲枝様……」
「あんたはんたちの父御ならうちで何とかする。あんたはんがする事は、この子にきちんとした愛情を注ぐ事や」
「ありがとう、ございます」
 深々と三十過ぎの男が頭を下げていた。
「礼はええ。こんな小さい子にはあまりにも酷な場所や。いつかこの子も捌け口するかも知れんお人やさかい」
 その言葉にその男は押し黙った。
「あんたはんの名前、何や?」
 今度は幼子に訊ねていた。
「ちい姫はちい姫だよ?」
「そろそろ、ちい姫は卒業しいや」
 苦笑して女性が言う。
 その時、一人の女性がこちらに向かってきた。
「父はん、――さんが」
「さよか。咲枝、戻るぞ」
「せやな。あんたはんたちに今日は泊まるとこ用意しとくさかい、ゆっくり休みや」
 そして二人連れ立って歩いていた。
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