夢うつつ


 翌日、母親の墓前に一人男が立っていた。
「馬鹿かお前は……だから言ったのに」
 いたのは樹杏だった。
「待て」
 一礼だけして通り過ぎようとした樹杏を呼び止めた。
「聞きたい。お前は……」
「俺があなたの父親?それだけはありえませんよ。もし、そうだとしたら違う道順を選んでいましたよ」
 その瞬間、樹杏の顔が真顔になった。
「冬太!」
 その一言だけで冬太は理解し、動いていた。
「いい加減気がつけ!馬鹿者が!!」
 妖魔に囲まれていたのだ。
「樹杏様!この他に西方より妖魔複数!東方からも!」
「早く帰りたい時に……ったく」
 面倒臭そうに樹杏が言う。そしてぱちんと指を鳴らした。
「冬太!」
 また名前しか呼ばない。それで理解し動く。
「我に応えよ、開!」
 早い動きだ。
「疾風!やつらを止めろ!」
「御意!」
 それを嘲笑うかのような笑みをこぼしていた。
「樹杏様」
「馬鹿どもは放っておけ。俺たちは俺たちの分だけ退路を確保する」
 呪を唱え終わり、樹杏が言う。
「ちい姫様、連れてくるべきでしたかねぇ……」
「馬鹿馬鹿しい事を言うな。……まぁ、ここまで頼りないと分かれば幻滅するか。それもありだったかもしれないな」
「なっ!?」
「力任せでしか呪を使えない、これだけ囲まれないと敵にも気がつかない。そんな男に惚れるとでも?」
 悔しいがその通りだ。
「もっとも、『守役』も動きが鈍いですね。いちいちご指示がないと動けないようでは、とても……」
「ふざけるな」
 だったらそちらのチカラを借りずに倒してやる。
「疾風、やつらをひきつけておけ」
「かしこまりました」
 深く疾風が一礼した。
 いつものように呪を唱える。それを黙って樹杏は見ていたのだ。
「な!?」
 チカラを放とうとした瞬間、妖魔が消えた。
「悪いが利用させてもらった。おかげで楽にかたがついた」
 何をしたのかすら分からなかった。
「予想より早くかたがつきましたねぇ」
 冬太が樹杏に上着を渡していた。
「予想より早くかたがついたという事で、一つだけやらせていただいてよろしいでしょうか?」
「構わん。ただし五分で終わらせろ」
 その言葉を受けて、すっと冬太が目の前に立った。
「あまりにも未熟すぎるにもかかわらず、えらそうな口を叩く『守役』さん、どうせですから一戦交えましょう」
「な!?」
 何の意味があるというのか。
「生憎俺は『守役』ではありません。生前、父が樹杏様の『守役』だった、それだけです。ですが、あなたは俺が見ても未熟すぎる。どうせです、賭けをしましょう。互いに主を守る。それだけです。もし、俺を倒すか策を練って樹杏様のところにたどり着いたら、あぁもちろん、樹杏様のところにたどり着くのは紅蓮様でも結構です。ちい姫様に会わせてさし上げますよ」
「おい、俺の意思とちい姫の意思は?」
「まさか、この二人が俺を出し抜けるとでも?」
 その言葉に一瞬にして血がのぼった。
「受けて立つ」
「ならはじまりですね。あぁ、樹杏様にいただいた時間は五分ですので、それ以内で終わらせていただきます」
 策を練る時間すらない。
「紅蓮様、自分が囮になります」
「あぁ、頼んだ」
 余裕顔を叩きのめしてやる。
「ほら、どうぞ?動かない間に五分、経ちますよ?」
 その言葉を受け疾風が動く。
 だが、二人は動かない。否、冬太が動いた。
「がはっ」
 一瞬誰の口からでた声か分からなかった。
「紅蓮様!」
 己の口からだと気がついたのは数秒後だった。
「疾風……」
 樹杏にさえたどり着ければちい姫に会える。よろめきながらも立ち上がった。
「おや、まだ動けますか。まぁいいでしょう」
 その声は疾風のところから聞こえてきた。すでに疾風の動きを止めに入っているのだ。
「話になりませんね、これでは」
 たどり着いてみせる。呪を練り、疾風と冬太の距離を広げた。
「ははぁ、なるほど」
 だが、樹杏は一歩もそこから動いていない。
 ごきり、嫌な音が二度した。
「疾風!!」
 ためらいも無く、疾風の腕を折ったのだ。
「ぐぁ」
 樹杏のほうへ向かおうとしていた紅蓮にも蹴りが入った。
「紅蓮様!!」
 自身も苦しいであろう、それでも庇うように疾風が立っていた。
「話になりませんねぇ……このチカラで『歴代当主の中でも五本指に入る』?まったく、使い方すらなっていない。あぁ、紅蓮様、これはあなたのせいだけではありませんよ?この馬鹿な『守役』がチカラの使い方をきちんとあなたに伝授していないだけです」
「冬太。五分はとうに過ぎたぞ」
「失礼いたしました。お二人はどうします?」
「連れて帰ってくれそうなのが来た。これ以上ふざけた事に時間を費やす気はない」
「かしこまりました」
 かつりと樹杏がこちらに向かってきた。そしてためらいも無く疾風を蹴り飛ばし、紅蓮に近づく。
「せめてチカラの使い方くらい紫苑に習え。今からでも遅くない。このままだと身体にかなりの負担をかけるぞ」
「は?」
 次の瞬間、殴られた。
「紅蓮!」
 来たのは紫苑と華弦だった。

 そこで見事に紅蓮の意識はブラックアウトした。
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