いつか、らせん階段で
*******

「いらっしゃいませ。あ、夏葉さん!」

「こんにちは。真緒ちゃん」

私は翌週にまた「リーフ」に来ていた。
前回来たときにオーナーの大貴さんと可南子さんに特別なお願いをしていたのだ。

「ガトーショコラ出来てますよ」
「ありがとう。本当に嬉しいわ」

真緒ちゃんの作るガトーショコラは絶品で、ランチのデザートやティータイムに提供されるだけでテイクアウト販売はされていないのだけど、無理を言ってテイクアウト用に作ってもらったのだ。
今日退官する教授は卒業後もお世話になった私の大恩人で無類のスィーツ好きなのだ。

「ラッピングは今からしますから、コーヒーを飲んでちょっと待ってて下さいね。お時間は大丈夫ですか?あ、リボンの色はどうしますか?」

「全て真緒ちゃんのお任せで、お願いします。時間はゆとりがあるから大丈夫よ」

「はい!わかりました」
パタパタと真緒ちゃんが店の奥に入って行った。

11時。ランチにはまだ少し早い時間帯で店内はすいていた。
今日は可南子さんはお休みだと聞いていた。
厨房には大貴さんがいるだろうけど、今接客している女の子は私の知らないバイトさんらしい。

コーヒーを飲みながらバッグから文庫本を取り出して読んでいると、隣に誰かが近づいた気配がして顔を上げた。

「やぁ、夏葉」
「・・・尚也」

「隣に座っていい?」
「席なら他に空いてるでしょ」
にこやかな尚也と反対に私は眉間にしわを寄せて視線を外した。

そこにガトーショコラの箱を抱えた真緒ちゃんが来た。
「あ、藤川さん。いらっしゃいませ。無事に夏葉さんと会えたんですね」

「ああ、山本さん。連絡してくれて本当にありがとう」

2人の会話を聞いて尚也を睨んだ。
真緒ちゃんを巻き込んで私の来店を知らせるように真緒ちゃんに頼んでいたってことか。

「ちゃんと仲直りして下さいねー。携帯番号変えられちゃうなんて自分の彼女にどんなヒドいことしたんですかぁ」

「うん、本当だよね。今からしっかり謝るから。山本さんお世話になりました」

この話の流れから何となく予想が付く。尚也が真緒ちゃんを嘘で言いくるめたんだなと。
私という彼女とけんかしてしまって避けられている、携帯番号も変えられてしまって連絡が取れない、今度お店に来たときに仲直りしたいから連絡して欲しい・・・とか?
真緒ちゃんは尚也の柔らかい外見に騙されたのだろう。彼女は人がいいから責められない。
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